今昔美術対談 Art Interview Vol.015 日本古典文学の至宝・源氏物語

立春を間近に迎えた晩冬、早稲田大学の名誉教授であり、源氏物語研究の大家でもある中野幸一先生を訪ねた。出迎えてくださった中野先生は誰に対してもやさしく、そのあたたかな人柄が印象深い。

加島
中野先生は研究者としてのお仕事の方が大きいのですか、今日は先生の収集された貴重な資料に注目して、その資料との出会いのなかでコレクションが成り立った経緯や、資料か集まってくるときの思い出などをお話しいただけたらと思っています。
中野
美術と関係するかはわかりませんか、お話しさせていただきましょう。
加島
先生は早稲田で国文を勉強されて、教授になられたのですか。源氏物語をはじめとする王朝文学との出会いはどういったものだったのでしょうか。
中野
まず文学との出会いは、高校時代にさかのぼります。私の高校は横須賀高校なんですか、そこにすごく国語を面白く教える先生がいらっしゃって、その方の影響で国語が大好きになりました。それで大学でも文学部を選んだのです。
加島
それが切っ掛けだったんですね。
中野
早稲田大学の文学部には岡一男先生という源氏の大家がおられて、私はその先生につきました。またそれから教育学部には日記文学をご専門にされている今井卓爾先生というすごく立派な先生もいらっしゃいました。振り返ると私は非常に恩師に恵まれました。 岡先生にはずいぶんかわいがってもらいましたし、今井先生のところには弟子は私だけという感じでしたしね。今井先生とは学生時代も入れると半世紀以上のお付き合いになりました。大学院時代は早稲田大学高等学院の非常勤講師もしていましたが、当時は大学も ゆったりとしていまして、非常勤講師は大学院の月謝が免除されていたんです。奨学金もあって、非常勤講師の給与もいただいていて、ありがたいことにちょっとリッチな学生だったんです(笑)。ですから、資料を揃えだしたのはこの頃からですね。
加島
なるほど。それが資料を集める最初のお話しなんですね。
中野
きっかけのひとつとしてはこんなことがありました。ある西国の旧家に源氏のいい本があるという話を聞いて今井先生と出かけたときのことです。もちろん今井先生はアポイントをきちんととられたと思うんですが、訪ねてみたらどういうことか、書生が出てきてけんもほろろなわけです。それで、今井先生ですら資料を見られなかったということがあって。当時は新幹線もまだ珍しい頃のことです。わざわざ行ったのになあ、と残念な思いはありましたね。
加島
へええ。早稲田の先生でもそんなことかあるんですね。
中野
そうなんです。それからは、資料は自分でできる範囲のものは自分で揃えよう、と考えるようになりました。人に見せてもらうことに頼るのではなく、ね。それこそちょっとリッチな学生でしたし(笑)、そういう経緯かあって自分で資料を買うようになりました。
加島
なるほど。そうすると、古書会館などにもよく 出入りされたのではないでしょうか。
中野
そうですね、和本が好きになりましたから、今の古書会館の前の前かな、畳敷きだった頃があるんですが、その頃に通い始めました。古書会館の展示会に 行くと畳の上に和本の束か転がっているんです。どういうのかというと、明治時代にどこの家にでもあったような教科書の類いなんです。売れなくてどこにも行き場がなくなったようなのが隅に追いやられているんです。おそらく15円か20円で何束も買えました。あのころは焼きそばが45円くらいでしたからね。それがいっぱい手に入るわけですからうれしくって、家に帰ってから綴じを直したりアイロンをかけたりして、 そうこうしてるうちに数や種類も揃ってくるわけです。それから古本屋にも通いました。あるとき、伊勢物語のいい本を見せてもらったんですが、とても高価で買えない。それでもどうしようかなと思って悩んでいると、本屋さんが『勉強するんだったらお貸ししますから持っていきなさいよ』と言ってくださる。それで、借りてみるわけですけど、勉強か終わったら返さなきゃいけない。でもほしい、と思うわけです。すると『もし必要ならお手元にとどめなさいよ』と本屋さんが言うわけです。『そのかわり中野さん教科書持ってるでしょ?』って。つまりその頃になると、明治 100年で明治の教科書の複製が高価な値段で出版されていたんです。伊勢物語と明治の教科書の揃い1対3ぐらいのトレードです。 加島さんもそうでしょうけど、その頃お付き合いした本屋さんは『お金持っている人より、ものを持っている人が大事』っていう考え方でした。
加島
ええ、そうですね。美術の世界も同じですからよくわかります。
中野
手に入れた伊勢物語の本も次第に値段が上がっていって、5万円が10万円、50万円に変わっていくんです。
加島
時代が変わっていくとそうなりますね。
中野
そうすると今度は、伊勢物語で美しい絵巻が買えるようになるんです。わたしのコレクションっていうのはね、一本の藁から牛が買えるようになる藁しべ長者のようなものなんですよ(笑)。
加島
最初はその古書会館での古い和本の束との出会いから始まったんですね。
中野
まずはそうですね。早稲田大学に九曜文庫として寄贈したものには、初期に購入した明治の和本や往来物も多くあります。 早稲田の教育学部の国語教育学会では色んな方を呼んで講演会を開くのですが、あるとき、明治の教育につ いて話されるという方が来るからといって、明治の教 科書を用意することになったんです。ところが当時の 教育学部にはそんな資料がないんです。それでわたしの手元にあったものをお貸ししました。それが九曜文庫が知られるようなった始まりです。そういう経緯で現役時代に500から800点の資料を寄贈しました。それから後に源氏の資料も納めました。
加島
なぜそんなに膨大な資料を寄贈しようと決心されたのでしょうか。
中野
先ほど今井先生のお話のときに言いましたけど、資料を見たくても見せてもらえない時代があったというのが頭にありました。ですから、とにかく誰もが資料を使えるようにしたいと思ったんです。私のところに資料があるっていうのは、巡り合わせでたまたまここにあるんですから。
加島
みなさん立派なコレクターの方はそう言われますね。たまたまこの瞬間、わたしの手元にある、と。
中野
そう、通過していくだけですから。またコレクターでもね、見せると減ってしまう、というような考えの方もいますから、これはまちまちですけどね。
加島
先生の著書でも書かれていましたけど、資料を私有せずにすべて公開するという姿勢に感動いたしました。
中野
自分の経験もあって、秘蔵品ならともかく、ある人に見せて、ある人には見せないとか、そういうことはしたくないと思ったんですね。
加島
九曜文庫にはなんといっても源氏の資料が豊富にありますが、源氏の資料を探すなかでなにか思い出はありますか?古書会館などにも足を運ばれていますが、入札で悔しい思いをされたこともあるのではないでしょうか。
中野
悔しい思いをしたこともありますが、そんなにこだわりませんからね。ただ、わたくしの方針としてはものとの出会いが大事なんですよね。入札で逃がしてし まってもね、(入札してるのは)知っている本屋さんですから、自分の持ってる物と交換してもらったりして手に入れます。鉄心斎文庫の芦澤さんが欲しい伊勢 物語と竹取物語を交換するとか。一時期我が家には鉄心斎文庫本がありましたよ(笑)。
加島
先生はずっと王朝文学を専門にやられていて、とくに源氏物語の研究家でいらっしゃいますが、源氏物語の究極の魅力っていうのはなんなんでしょう?
中野
源氏物語は時代も古いですし、一女性が書いたものっていう特徴もあるんですけど、王朝文学のなかではひときわ傑出しているんじゃないでしょうか。日本が誇る文学ですね。
加島
宇治十帖とか、いわゆる源氏が死んでからの物語もぜんぶ紫式部が通して書いているんですか?
中野
これは読むと分かるのですが、前を書いた人でなきゃ書けない物語なんです。
加島
はああ、そうなんですか!
中野
よく別筆なんじゃないかとか、娘が書いたんじゃないかとかいわれますけれどね、前からの流れがなければ絶対に書けないと私は考えます。
まあ読者はだいたい須磨くらいの最初の方で読むのをやめてしまいますから、だから源氏物語はプレイボーイの物語だとみんな思っちゃうんですよね。でもそれは布石です。もちろん「愛」というのは古今東西大きな問題ですが、その裏にある罪、それから仏教、死、そこまで見据えて源氏物語は書かれています。そっちのほうが重たいくらいですよ。だから源氏も若い時代の罪をずっと引きずっていくわけです。この世の因果応報を表現している、すごい物語です。
加島
しかし読者でもそこまで読み切る力のないというか、先生がおっしゃったようなところまで理解される人は少ないでしょうね。
中野
現代語訳もたくさん出てますけどね、私にいわせれば紫式部の書いた源氏を読んでる人はほとんどいないです。
加島
と、おっしゃいますと?
中野
源氏っていうのは語りの文学なんです。ある女房が語って聞かせるように書いてある。それは学者もよくいいますし、語りの姿勢があるのはみんなよく知っているんです。でも現代語訳はなぜか「である調」ばかりなんです。どうして語りの口調をそこで生かさないのかと思う。
ところがね、谷崎源氏それから最近のものでは瀬戸内寂聴、短い訳ですが小学館から出ている尾崎佐永子、その三人の方のが、「ですます調」なんですよ。でも考えてみると谷崎さんも瀬戸内さんも作家なんですよね。だから一行を数行に訳したりします。ということは本文からは離れちゃうんですよね。だから作者(紫式部)の文章じゃなくなっちゃっているところがあるんです。そうするとみんな、紫式部の源氏を読んでないということになるんですね。源氏の現代語訳っていうのは、源氏のすべてを習得していないとできないんですね。これは源氏研究者としての究極の目的ですね。わたしが挑戦すればいいのでしょうが、でも寿命がもうないじゃないですか(笑)。
加島
いやいや(笑)。では最後になりましたが、いま中野先生がとりかかっているちりめん本についてお聞かせください。
中野
ちりめん本というのは、ちりめん紙でできた本のことですけど。明治18年頃に、長谷川武次郎というひとが、貿易で海外に出かけるときにお土産物としてもっていったんですね。日本の昔話や、風俗習慣なんかを紹介した外国語をプリントしたものを本にして。当時、腕はあるけど仕事のない浮世絵師が多くいました。浮世絵が少なくなっていて需要がないという状況です。小林永濯とか川端玉章とか、そういう人たちを使ってちりめん本を作っているので、とてもいい絵なんですよ。ちりめん本は日本で売ったものじゃないから国内にはなかなかないでしょう。そうすると日本の出版文化史上、消滅していくものだと思うんですよ。そうなると困るから、今あるものをまとめて影印本を作ろうということになったんです。ぜひみなさんにも知っていただきたいですね。

※上記は美術品販売カタログ美祭15(2014年4月)に掲載された対談です。

profile

株式会社 加島美術 加島盛夫

  • 株式会社 加島美術
  • 加島盛夫
  • 昭和63年美術品商株式会社加島美術を設立創業。加島美術古書部を併設し、通信販売事業として自社販売目録「をちほ」を発刊。「近代文士の筆跡展」・「幕末の三舟展」などデパート展示会なども多数企画。

中野幸一

  • 中野幸一
  • 昭和7年神奈川県生。早稲田大学名誉教授。文学博士。専攻は平安文学。現在も数々の講義を行い生涯学習に尽力。2011年瑞宝中綬章受賞。主な編著書に『物語文学論攷』(教育出版センター、1971年)、『源氏物語古註釈叢刊』全十巻(武蔵野書院、1978〜2010年)、、『平安文学の交響−享受・摂取・翻訳−』(勉誠出版、2012)などがある。

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