今昔美術対談 Art Interview Vol.018 拓本の世界 PART1

今回の対談のお相手は拓本に関しては日本屈指の研究家であり、収集家でもある伊藤滋先生。
普段はなかなか触れることのない世界ですが先生のお話しになる奥深い魅力にすっかり引き込まれてしまいました。

加島
先生のご専門の分野の知識というのは、ぼくら美術の方でも多少、本の方に携わっているのですが、その幅とか奥行きなんかが全然違うもので、本当に素人という感じですので、今日は先生の面白いお話を聞かせてもらうのが楽しみです。
伊藤
いやいや、僕はそこまでのことはしてないんで。本当に。
加島
ここ(『游墨春秋』伊藤滋著)にある作品の数々を見てびっくりしました。
伊藤
それはもう、貧乏人のゴミ拾いですから。貧乏サラリーマンの(笑)。
 
【拓本との出会い】
加島
先生は書がお好きで、拓本の世界に。
伊藤
そうなんです。書道史の勉強で。当時は学生でしたから、いわゆる金石の資料が印刷本で。
加島
はい。
伊藤
初めは印刷本が欲しくて、そして印刷用の資料から生の拓本に。ひょんなことで…。
加島
拓本の世界に入られた。
伊藤
僕は学生を十年やって、その後の仕事もまあ、半分学生みたいな形の生活ができるようなサラリーマンで。夜仕事の定時制高校に勤めたものですから、極端にいうと二十年ほど学生生活をしたようなものです。普通には、二十年間学生生活をするようなことはないじゃないですか。学生にも言うんです。僕はだから二十年間ごみ拾いをしてきたと。神保町を歩いたり、遊んだりしている時間だけは沢山。
加島
恵まれた環境にいらっしゃった。
伊藤
いや、環境は恵まれてないですよ。子供もいるし、キツイですよ(笑)。ただ時間だけはね。今はもうそんなわけにもいきませんけど。僕は国語の教員で、昔は夕方に学校に入ればよくて。それで土曜日休みでしょ。そしてその他には、研修日というのが当時はありましたから。そうすると条件的には、もう(笑)。
加島
昼間はほっつき歩いて(笑)。
伊藤
そう、昼間はほっつき歩いて好きなことできるし、こんなありがたいことはないと。
加島
書に対するご興味なんかは、いつ頃からお持ちになったんでしょうか。
伊藤
それは高校生のときにひょんなことで。進路を決める頃に、たまたま書道担当の先生が面白くて。その影響を受けて大学を選びました。先生は現在東京で活躍されて居られます。そして大学に入ったら勉強が面白くなって。要は書の勉強しなくて大学に入ったからちょうど良かったんだと思う。
加島
ああ、そうですか。
伊藤
そうですね。大学で書道を勉強しているうちに、初めは書く勉強ですけれども、そのうちにまあ、お手本だとかそういうものに興味を持って、それで自然に。上野広小路の近くの黒門町のところに、広田書林さんがありました。僕はよくそこで、それこそ学生の小遣いで買えるようなものを買っていましたね。そのうちに、いろんな本屋さんを歩いていると、仲の良い本屋さんができて。東大の前に柏林社ってありますでしょ。あのご主人にはよくしていただきました。
加島
そうなんですか。
伊藤
あのご主人は面白い人で、僕が定期的に水曜日ぐらいとか日を決めて行くようにすると、「昨日古典会で買ってきたのこれだから」とか言って、僕向きのものなんかを出してくださって、「これはどうだ」っていうわけ(笑)。そしてちょっと欲しいものを横に除けといたりすると、「じゃあ持ってけ」って。そういうありがたいことがあって。それはずっとご主人が亡くなるまで。いろいろなことを教えていただきました。
加島
へええ。本屋さんでも、まあ書画屋さんというか美術でもそうですけど、先生みたいなその分野を専門でやっておられる方には、商売人では全然追いつかないようなところがありまして。やっぱり先生みたいな方に、作品をさっと攫われていくことが多いんですよ(笑)。
 
【拓本の歴史】
加島
中国には、古い石碑の碑文や金属でできた青銅器など、いろいろな文字が残されています。そうしたものの拓本を取るわけなんですけど、古いものはもちろん三千年前とかの現物があって。そこから拓を取って後世に伝わっていく。
伊藤
そうですね。
加島
まずその、中国の歴史とか個人の歴史、国の歴史も含めてそういう古い金石の中に何か綴られているわけですよね。
伊藤
そうですね…。拓本の一番古いものは、いつの時代に拓本を取ったのか正確な記録はなかなか残っていないんですけど、ただ、拓本って印刷の技法の一種なんですよね。木版印刷はいわゆる反転される印刷技法ですけども、拓本というのは本来は正面刷りという方法の技法なので。
加島
そのまま。
伊藤
そうそう。だから僕は両方とも、拓本も印刷の技法だと皆さんに言っているんですよ。だから紙の発明と同時に拓本が出て来たんじゃないかなというのが僕の推測なんです。だけど証拠がないんで。
加島
中国で拓本というのが取られ始めたその動機というかきっかけは、金石の現物に書かれている文言を残しておこうという意識から始まったんですか。
伊藤
まあ、そうですね。複製の意味ですから。金属や石に彫るというのは、それは永久に残そうという意味ですから。それと、誰にも変えられない。
加島
それは一つしかないわけですよね。
伊藤
そうですね。基本的にはそうです。
加島
それを紙で拓して取るというのは…。
伊藤
そのままの状態の文字が写しが出てくるわけです。
加島
数さえ取っておけば、後世に残る可能性が高い。
伊藤
でもあの戦乱の国ですから、膨大な量が出ても…。紙のものなんて日本では鎌倉時代にあたる宋時代のものでも貴重なわけですから。
加島
ああ、すぐ燃やしちゃって。
伊藤
そうそう。書物だってそうだったわけですから、明治時代に日本に来た清国の役人であった楊守敬という学者は、そういう意味ではびっくりしているわけですね。
加島
日本に沢山残っていたわけですからね。
 
【拓本の楽しみ方】
加島
今回、先生のお話を聞くのにこの『游墨春秋』 をパラパラ見させていただいて、拓本の魅力というか、書の良さとそれを取った拓本の美というか、そういったものがありますよね。
伊藤
それはあります。それは面白いと思います。中国では、拓本に取った大きな碑文などを行ごとに切り、手ごろな大きさの折り帖などの書物にしています。表紙に美しい銘木の板や古いクラシックな紋様の錦を巻いた紙や木の表紙を付けて、題簽が書かれた碑帖という本が人から人へと伝えられています。ある意味ではお茶道具に近いのではないんでしょうか。僕はお茶道具の確なことは良くわからないんですけども、何と言うか、こういう本というのは、中国の知識階級の一つの鑑賞用の遊び道具みたいなところがあるように思うんです。
加島
ああ、これ自体に美を求めて。
伊藤
ええ。それ自体の美と字の美しさ。そして歴史資料、希少性、伝来と。その他にこういう文字に対する素養と。題箋や題跋の料紙などは、ある意味では日本人よりも凝っている所があります。字を書こうとする真っ白なところを作っても、そこに例えば宋時代の経本の紙背の紙を使って、そのお経の文字が何となく薄く写っているようなそういう蔵経紙を用いたり。その辺は日本人以上に気を配っているところがありますね。
加島
そうですか。へええ。
伊藤
こういう題箋の紙一枚でも、その辺はやっぱりちゃんと凝ってます。
加島
中身と題箋が違ったら、題箋を書く文字も中身に合わせて書くとか。
伊藤
いや、中身に合わせてというのは...。うーん...。
加島
それは違いますか。
伊藤
中身よりもどんな人が書いているかだとか。 やっぱりその物を見てお書きになるでしょ。それと 半分お世辞みたいなこともあるし、ある意味では本当の自分の評価なりを書くこともありますし。物さえ良ければ。そうすれば、この人はちゃんと見る目があるなということを示すことにもなりますから。 だから筆でこうやって字を、題箋を書いたり跋文を 書くということは、お世辞なのか本当にそれを知っていて書くのかということも試されるわけです。
加島
ああ。
伊藤
お茶会なんかでも、ご飯食べてご馳走見て適当なことを言って帰ってくるのとはまるっきり違うわけで。戦前の益田鈍翁さんなんかの開いたお茶会な んかは、僕には分かりませんけど、多分そういう形のものだったんだろうと。
加島
そうでしょうね。真剣勝負。
伊藤
そうそう。そういうところも僕は近いと思っていて。だからお茶会のお道具の鑑賞会とよく似たものだと僕は申し上げる。
加島
はああ!そうですか、なるほどねえ。
伊藤
だけど、なかなか分かっていただけないですけどね(笑)。
加島
いやいや、よく分かりますよ。
伊藤
いや、それは加島さんだからそう仰っていただけるわけで(笑)。他の方は、何言ってるんだろう、 何のことなんだろうかなあと思われている感じがしますねえ。
 
【学生時代の失敗】
加島
先生は間違われたことはありますか。
伊藤
それはあのう、なるたけないようにはしてますが。
加島
もちろんそうでしょうけど。
伊藤
ただ、学生時代に大きい苦い思い出はありますよ。
加島
へえ。
伊藤
大阪のデパートの展覧会での経験です。会場で見ていい本と思いながらもその場では購入せず、東京に帰った後、いい本に思われて、どうしても欲しいんで電話で買ったことがありました。いざ品物が届いたらやっぱりコピーだったから、ああ、自分の見方が間違ったなあと。
加島
そういうことがあるんですか。
伊藤
そりゃあります。それ以降常に気を付けてます。
加島
ああ、そういう失敗があるからこそですね。
伊藤
それはもう、その失敗は貧乏学生にしたら応えました。
加島
商売人でもそれはもう応えますもの。
伊藤
自分が最後に気に入らなかった場合はしょうがない。また真贋の判断が大変難しいものもあります。 お店で資料を拡げてあれこれするのは失礼じゃないですか。だから「万が一、これが気に入らないときは持ってきていいですか」と断って、お金を払って帰ります。非常に難しい見事な複製があるので、ということでお願いして。
加島
白黒付け難いような。
伊藤
そうそう。返品して金をとは僕は言わないんです。その分、他の物をいただいて帰ります。失礼だから。
加島
いやいや(笑)。
伊藤
現金をいただく代わりに、他の本を頂いていいですかって。
加島
先生のその姿勢はよく分かりますけど。やっぱり色々なものがあるということですねえ。

※上記は美術品販売カタログ美祭18(2015年10月)に掲載された対談です。

profile

株式会社 加島美術 加島盛夫

  • 株式会社 加島美術
  • 加島盛夫
  • 昭和63年美術品商株式会社加島美術を設立創業。加島美術古書部を併設し、通信販売事業として自社販売目録「をちほ」を発刊。「近代文士の筆跡展」・「幕末の三舟展」などデパート展示会なども多数企画。

伊藤 滋

  • 伊藤 滋(いとう しげる)
    中国書道史・碑法帖研究
  • 書斎名・木鶏室。1946(昭和21)年福井県に生まれる。東京学藝大学書道科卒業。同大学大学院社会科(東洋史)修了。中国書道史・碑法帖研究、碑法帖拓本の収集・鑑蔵を行う。東京学藝大学非常勤講師、岐阜女子大学特任教授。
    【主な著書】
    木鶏室金石拾遺『第1集・漢三老諱字忌日記他4種』、『第2集・魏宣示表他5種』、『第3集・鄭道昭・東堪石室銘他2種』、『秦漢瓦當文』、『游墨春秋』、木鶏室金石選集『第1集・開通褒斜道刻石』、『第2集・鄭道昭論経書詩』、『第3集・晉祠銘』、墨法帖名拓選『蘭亭序』、『寶墨軒千字文』、『中国古代瓦の美』を刊行。

ページトップへ戻る