今昔美術対談 Art Interview vol.03

今昔美術対談

今昔美術対談
江戸化政期の文人達 書の造形美に迫る

美人画蒐集家として日本で屈指の人物として著名な福富太郎氏に近代美人画の魅力について語って頂きました。併せて美術品を入手する時の心構えについてもお聞きしました。以前、弊社からお納めした北野恒富の屏風絵に対する、福富氏の思い入れを話して頂いた事は実に感慨深いことでした。

加島
本日は大切なお時間を頂戴致しまして、有難うございます。早速ですが、先生が亀田鵬斎の書と出合われた時のお話しからお聞かせ下さい。
渥美
私の母校は、九段高校なんですが、ある時そこからの帰りに、昔の通学路九段下から神保町に向かう脇道を歩いている時でした。古書画を扱うお店があってそのショーウィンドーに素敵な書の掛軸が掛かっていたんです。その前を通り過ぎたときどうにも後ろ髪を掴まれて二度三度立ち止まり、ご主人から亀田鵬斎という人の書で「酔藝」と読みますと教えてもらいました。そのまま立ち去ろうとしたんですが、どうにも去ることが出来ず再度ゆっくり拝見することにしたんです。鵬斎という人物もよく知らなかったんですが、書の風情が良いし、何か品格の様なものも伝わってきて、文句も気に入ったので、売ってくれる様に言いますと、主人はちょっと名残惜しそうにしていました。が、結局売ってくれました。その時の店主が加島さん、あなたでした。
加島
はい、その節は有難うございました。九段の時は、加島美術が京橋に行く前の店でした。この「酔藝」から江戸化政期の文人達に対する先生の探究が始まるのですね。
渥美
そうです。だんだんと探究していくうちに、亀田鵬斎とその周囲の江戸文化文政期の文人達との交流の模様がわかってきて、またそれらの人々の作品もそれを一冊の本に纏められるくらい蒐まってきたのです。 あなたに、「墨」という雑誌を出している芸術新聞社を紹介して頂いて、そこから『亀田鵬斎と江戸化政期の文人達』を刊行したのが、第一冊目です。そうしたら、さらに廻りから、そして全国からいろいろ出て来てね。いつの間にか、鵬斎研究家になっちゃいました。
加島
「酔藝」を入手されてから鵬斎の本を出されるまで、すごいスピードで、いろんな調査もご自分でされて、大変なご苦労だったと思うのですが。
渥美
まあ、私は五十年役者をやってる訳なんですが、先人からいつも役者は乞食袋を持っていないとだめだと言われるんですよ。
加島
乞食袋ですか。
渥美
えゝ、いろいろ雑多な知識を貯えて袋にしまっておき、必要な時にはその袋から取り出して使う。それは多い程、質が高い程いいんです。そのために常に探究心とスピードが必要なんです。今も袋の中身を増やす事が身について、それが習慣になっていて、取材のときもその習慣が大いに役立ちました。
加島
よく解りました。ところで、本を出されてから、何か変化が起こりましたか。
渥美
ええ、地方からいろんな情報が来ましたね。当時の江戸の文人達は地方に居るファンや弟子のところを巡って、詩を作り書を揮毫して、大層な報酬を得ていたのです。江戸の大火で焼け出されると、すぐさま何人かで組を作って出かけるんです。そして一回りしてくると新しく家が建ったといいます。鵬斎の場合は、信州から越後へ行くんですね。だから新潟方面から、今でもいっぱい鵬斎の書画が残っていて、その作品の情報が寄せられました。 越後の人々が鵬斎を大切にするのは、その当時乞食坊主同然であった良寛の作品を江戸に紹介してくれて、良寛の人間的魅力と共に、その精神性の高い書を、江戸で喧伝し、有名にしてくれたからなんです。そういう意味で、鵬斎に対して感謝の気持ちがあるのかも知れません。ですから、北前船で鵬斎の作品を京都から江戸からたくさん将来させたようです。 ところで、鵬斎と良寛の接点があったかどうかという問題なんですが、諸説あって結局ははっきりしないんですが、私は接点はなかったと思ってます。「鵬斎は越後帰りで字がくねり」などと言う狂歌の様なのがありますが、あれは後世に作られたもので、鵬斎は良寛の書を真似ているのではありません。当時の大学者であった鵬斎が、良寛を認めて世に出してあげたというのが現実でしょう。もっとも鵬斎・良寛共に狂草の書家懐素を学んだという共通点はあるのですがね。
加島
先生が感じられる鵬斎の書の魅力についてお聞かせ下さい。
渥美
私が鵬斎の書の魅力を一言で言い表わすならば、美しいということです。品格のある美しさだと思います。そして、とくに鵬斎の草書は外国人に喜ばれます。どうしてかと言うと、彼らは字が読めないから、絵を見る様に鵬斎の書を鑑賞するのです。面白いんでしょうね、鵬斎の書をモノトーンの絵画として見たら。まるでミロ絵画を鑑賞しているようです。日本人はなんとしても書を読もうとするでしょ。現代人に江戸期の草書は、なかなか読めませんよ。だから、いやになって放り出すんですね。外国人の鑑賞の姿勢にも学ぶべきところがあるのかも知れません。しかし良寛の書となると、ある種、幻の世界を生きた人だけに、静かに鑑賞しなければ理解出来ないところがあると思います。良寛好きの人は精神性を尊ぶ、そういう人が多いんじゃないですか。鵬齋のはあくまで俗人の書です。 話は変わりますが、化政期の文人達の書を儒者物と呼んで、軽んじる傾向が昔からありますが、加島さんはこのことを、どう考えますか。
加島
大変残念なことゝ思います。でも渥美先生に化政期の文人達を取り上げて頂いてから、少しずつ評価にも変化が出てまいりました。大変に有り難いことだと思っています。
渥美
書というものは、先ず見てその造形を楽しむ事から入って行けば、魅力的な作品は、いろいろある筈です。ここに掛かっている鵬斎の「酔藝」の様に美しく格調高い作品を捜し出して、もっともっと世の中に披露していって下さい。
加島
そのお言葉を励みに、頑張って探してまいります。 ところで鵬斎以外の化政期の文化人で、何か面白い事とか新発見とかゞあった人はいますか?
渥美
そうですね。三月に日立市郷土博物館で「大窪詩佛展」をやることになっています。 この会場には、工夫をこらして観覧者の興味を引く設営をしています。たとえば詩佛とその仲間達、市河寛齋、米庵、山本北山、柏木如亭、菊池五山、そして西の友人頼山陽、勿論鵬斎も酒井抱一、谷文晁、蜀山人多士済々です。是非観に来てほしいですね。詩佛の書は鵬斎と違って、艶と色気が有ります。また、詩佛は頼山陽を中心とした漢詩人との交流も多いので、それらの人々の筆跡も数多く展示します。それから、石碑について考える室を設けました。今は、石碑受難の時代ですね。かの永井荷風が愛した隅田河畔の神社仏閣にあった石碑が、今や土地整理のためにか抜き倒されて、片隅に積まれていたり。それでなくとも空襲や震災で火に当って脆くなった碑もあるのに、とにかくそれらの石碑から採った墨拓を出来るだけ多く集めて別室で展示します。百花園の有名な碑もあります。 また、五月には東京原宿の太田記念美術館で、大田蜀山人展を催します。蜀山人のふところというのは非常に広くて、沢山の著作があり、その中には落語の題材になる様なとんち話がたくさんあります。所謂曾呂利新左衛門の智恵くらべの話とともに明治期にはもてはやされ、本もたくさん出されているのです。それらの本も陳列します。 講演会には落語家に一席お願いすることになっています。それから、蜀山人の狂歌仲間も沢山判りました。宿屋飯盛とか朱良菅公とか面白い狂歌名をもった仲間がずらりと勢ぞろいします。士分の出身である蜀山人には、いろいろ下級武士としての鬱積したものもあったのでしょう。世間を諷刺した狂歌も多くあります。浮世絵師との合作もあり、少し柔らかい展覧会ですから、是非多くの人に観て頂きたいですね。
加島
私も人に観に行くことを薦めようと思います。 話が飛躍して申し訳ないのですが、先生は作品の真贋については、どのようにお考えなのでしょう。
渥美
化政期の文人の遺墨について、真か贋かばかりを論じるのは如何なものかと私は思います。確かに各文人たちには弟子や代筆する人は居たでしょうが、そういった物はあまり輝いていないでしょうし、作品から何かゞ発信されていて鑑賞する者がそれを受け取ることが出来るのであれば、それで良しとするべきだと思います。その感性のアンテナを持つことがコレクターとしての第一条件でしょう。その感覚を磨くことです。それを競い合う面白さです。
加島
先生には、まだまだお教え頂きたい事が沢山有るのですが、紙面の都合上、次回に続きをお聞かせ下さいます様、お願い致します。 今日の締めくくりに、これからのコレクターに何かお伝え頂けますか。
渥美
是非ともコレクターには、興味を持ってもらう事、関心を持ち続けてもらう事、その継続だと思います。提供する側としては、とにかくいいものを観せること。出来る限り多くを展開することが必要なことだと思います。それが結果的に、物流を促すことにつながるのだと思います。
加島
沢山の貴重なお話しをお聞かせ下さいまして、本当に有難うございました。

Profile

加島盛夫
加島盛夫
株式会社加島美術
昭和63年美術品商株式会社加島美術を設立創業。加島美術古書部を併設し、通信販売事業として自社販売目録「をちほ」を発刊。「近代文士の筆跡展」・「幕末の三舟展」などデパート展示会なども多数企画。
渥美國泰
渥美國泰
江戸民間書画美術館前館長
昭和8年1月1日、東京四谷生。アクト青山演劇塾を設立。放送大学人間探求学科卒業。映画、テレビ、ラジオにも多数出演。江戸民間書画美術館館長、また美術評論家として活躍。『亀田鵬斎と江戸化政期の文人達』など、著書も多数。

※上記は美術品販売カタログ美祭3(2008年4月)に掲載された対談です。