鳥博士高橋の鳥舌技巧!

vol.1 クロツグミと雪景色

渡邊省亭は鳥の絵師である。彼が描いた鳥たちはいずれも生々しく、今にも動き出しそうな緊張感がある。時が止まった静寂な画面の中で、鳥たちだけは密かに拍動し、体温を内包しているかのようだ。このコラムでは、省亭が描いた鳥の正体を紹介し、その描き方を鳥類学の視点から考察してみたい。
十二幅対『一月』は、雪景色の竹林の中で2羽の黒い小鳥が飛び去る様子が描かれた一幅である。積もった雪は湿っているのだろうか、竹の枝葉が重そうに下を向く。対して小鳥は軽やかに宙に舞い、重力を感じさせない。竹の幹や葉はささやかな緑で色づけられているが、墨絵のごとく色を失ったような不思議な印象を受ける。

この小鳥はクロツグミ(黒鶫:スズメ目ヒタキ科)である。体長は約21cmで、スズメ(約15cm)よりいくらか大きい。日本と中国中部の山岳地帯で夏を過ごし、中国南部や東南アジア北部へ渡って越冬する。英語ではJapanese Thrush(日本のツグミ)と名付けられるほど、日本を代表する夏鳥である。低地の明るい林で繁殖し、昆虫や果実を主に食べる。雄の囀りは美しく複雑で、1羽1羽で旋律が異なるという。三鳴鳥(ウグイス・オオルリ・コマドリ)ほどの名声はないが、鳥業界ではトップクラスの美声の持ち主と高く評価されている。なお、私の知る限り本種は絵画にあまり描かれないが、熊谷守一の『黒つぐみ』は特徴を簡素かつ的確に描いた数少ない良品である。

まずは鳥そのものの描写に注目しよう。描かれた2羽はどちらも雄の成鳥である(雌の成鳥や幼鳥は色模様が全く異なる)。頭と首から尾までの背面は黒く、胸と腹は白くて小さな黒斑が散る。脚と嘴は黄色で、目の周りは淡い縁取り(アイリング)がある。クロツグミの雄の成鳥の色模様としておおよそ正しい。翼はさらに正確だ。そもそも鳥の翼は、1枚1枚の羽の位置・形・枚数が種毎に遺伝的に決まっている。翼の外辺の大きな羽は飛翔機能を司り、先の10枚程度は初列風切羽(しょれつかざきりばね)、中は次列風切羽、付け根の3枚程度は三列風切羽と特別に分類される。クロツグミの初列風切羽は10枚(最外の1枚は極端に短くて見分けられない)と決まっているが、この画の2羽は両翼とも正しく9枚に見える。しかも羽1枚1枚を一筆で迷い無く描き分けており、省亭はクロツグミの翼の羽の枚数をあらかじめ知っていたのだろう。

一方で、全体の雰囲気は写実性に乏しく、“クロツグミらしさ”はあまり感じられない(私は初見でクロツグミと分からなかった)。まずは右上のクロツグミの体型と姿勢に問題がある。広げた右翼が上を向き過ぎており、他の部位と合っていない。顔は額が狭くて喉が膨れておりバランスが悪い。加えて、頭と胴体の境がはっきりせず、首が無いように見えてしまう。また、最も印象深い特徴が、この2羽では強調されていない。クロツグミと野外で出会うと、体の黒さよりも、嘴とアイリングの鮮やかな黄色が目につく。しかしこの2羽については、嘴は黄色が控えめで、アイリングにいたっては白く描かれてしまっている。クロツグミは別作品(黒鶫に木瓜・山桜:迎賓館赤坂離宮七宝額下絵)にも描かれているが、こちらはアイリングの黄色がはっきりと描かれているように見える(ただし翼や腹の色彩描写は本作の方が優れている)。省亭は本作では何かしら意図があってアイリングを白く描いたと思われる。

次に背景との関係を見てみよう。クロツグミは日本では夏鳥であり、冬は国外へ渡ってしまう。そのため、この雪景色と夏鳥のクロツグミの組み合わせはほとんど見られない(ただし南日本では少数が越冬することが稀にある)。どうしてこのような“間違った組み合わせ”を省亭は描いたのだろうか。私は、雪景色の白と小鳥の黒を対比させたかったため、季節が異なることを承知の上で、省亭は夏鳥のクロツグミを意図的に選んだと考える。冬の竹林に季節的かつ生態的にふさわしい黒い小鳥となると、ムクドリとクロジが挙げられる。ムクドリ(椋鳥:スズメ目ムクドリ科)は、雪中鴛鴦之図(国立近代美術館)で描いているので省亭はよく知っていたはずだ。この鳥は顔と腰と尾の先が白く、全身が黒いわけではない。そのため、本作の構想にはふさわしくなかったのかもしれない。また、クロジ(黒鵐:スズメ目ホオジロ科)の雄の成鳥は、全身が黒というよりは暗い灰色で、クロツグミと比べると黒味が弱い。これでは省亭が求めた“黒い小鳥”には適さなかっただろう。省亭は、その黒さに魅力を感じて、クロツグミを雪景色の中に意図的に描いたのではないか。そして白と黒との対比を際立たせるために、黄色のアイリングをわざと白く描いたのではないか。そんな想像ができてしまう不思議な一幅である。

高橋 雅雄

(鳥類学者 理学博士)

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  • 渡邊省亭
  • 「雪中竹」
  • 十二幅対 絹本 着色 共箱
    本紙115×40 ㎝ 全体212×54 ㎝
    〈大正初期〉
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