鳥博士高橋の鳥舌技巧!

vol.2 本物のウグイス:しだれ梅に鶯

不思議なことに、ウグイスは抜群の知名度を誇る鳥である。「梅に鶯」「ホーホケキョ」「うぐいす餅」と、日本の文化や風習への貢献は枚挙にいとまがない。けれども、本物のウグイスを実際に見たことがある日本人は、いったいどのくらいいるだろうか。

ウグイス(鶯:スズメ目ウグイス科)は体長15cm ほどの極めて地味な小鳥である。日本全国の低地から高山に生息し、生息数は比較的多い。しかし、茂みや笹藪の中などで暮らし姿をあまり現さないため、じっくりと観察できる機会はバードウォッチャーであっても意外と少ない。この種イチバンの生態的特徴は、配偶形態が鳥類では珍しい一夫多妻であることだ。雄は盛んに囀って繁殖なわばりを保持し、モテる少数は複数の雌を次々と得る(モテない多数は独り身のままである)。その後、雌はそれぞれ単独で造巣・抱卵・育雛を行う一方で、雄は全く手伝わない。色模様は地味なくせに、恋愛模様は派手で過激である。

日本美術は鶯を数多く描いてきた。「竹梅鶯図」(尾形光琳筆 MIHO MUSEUM)、「花鳥十二ヵ月図 一月 梅椿に鶯図」(酒井抱一筆 宮内庁三の丸尚蔵館)、「桜花図」(円山応挙筆 東京国立博物館)、「早春」(横山大観筆 徳川ミュージアム)など名作も多い。しかしながら、数多ある鶯作品の大部分で、ウグイスは鳥類学的に誤って描かれてしまっている。誤り方は2 タイプあり、1 つ目は色の誤りである。本物のウグイスの体色は文字通り“鶯色”、別の言い方をするとオリーブ色(暗い黄色)であるが、誤りのものは黄緑色で描かれている。これはウグイスではなくメジロ(目白:スズメ目メジロ科)の体色である。2 つ目は模様の誤りである。鳥の中には目上に眉のような模様(眉斑)を持つ種類が数多くある。ウグイスも眉斑を持つ鳥ではあるけれど、それはとても細く薄くてあまり目立たない。しかし、それを太くはっきりと描いてしまった絵が実に多い。これではウグイスではなく、姿形が似たムシクイ類(虫喰:スズメ目ムシクイ科)になってしまう。そのような描き手は、実物のウグイスの姿を知らず、眉斑を太くはっきりと描いた先達の作品を手本に、さらに太くはっきりと描いてしまったのだろう。

では、省亭の鶯はどうだろうか。本作「しだれ梅に鶯」では、白梅の枝に1 羽の鶯がとまっている。長く垂れた枝は空間を押し広げ、咲き始めた白梅は画面に華を添える。鶯は左外から飛んで来たばかりなのだろう、その顔や体は右下を向いているが、次の瞬間には顔を上げて右上方向へ飛び去る、そんな場景を想像してしまう。体はオリーブ色で丸みを帯び、翼先は少し垂れ、長めの尾は左上へピンと伸びている。目の周りには白っぽい縁取りが微かにあり、眉斑はほとんど見出せない。体の丸みに少し違和感があるけれども、間違いなく本物のウグイスである。

ただし、このウグイスには奇妙な点がある。なぜか瞼がいくらか閉じているのである。鳥は人と同じく瞼を持つが、人の瞼は上から下へ閉じる一方で、鳥は逆に下から上へ閉じる。このウグイスは下1/3 が閉じた状態で、描写は鳥類学的に正しい。けれどもどうして、省亭はこのような状態を描いたのだろうか。1 つの可能性として、このウグイスは疲れていたのかもしれない。生きた小鳥を手に持って調査作業(体計測・足環装着・採血など)をしていると、それに疲れた小鳥が目を閉じてくったりしてしまうことが稀にだがある。そういう場合は、暖房やカイロなどで体を温めながら暗所で休ませる。すると短時間で回復し、急に活発になり、たくましく逃げていく。ひょっとしたら、省亭は生きたウグイスを手に持って各部をいろいろと写生し、手本を疲れさせてしまったのかもしれない。半目で動かなくなったウグイスは、全身を写生するのに好都合だっただろう。別の可能性として、手本は死骸だったとも考えられる。死んだ鳥は体の各部位の筋肉が弛緩するため、中途半端に閉じた瞼、少し垂れた翼先、不自然に丸い体などは、このウグイスが死骸だったことを物語っているかもしれない。省亭の鳥は、いつも何かしらの謎を持っている。

高橋 雅雄

(鳥類学者 理学博士)

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  • 渡邊省亭
  • 「しだれ梅に鶯」
  • 十二幅対 絹本 着色 共箱
    本紙115×40 ㎝ 全体212×54 ㎝
    〈大正初期〉
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