鳥博士高橋の鳥舌技巧!

vol.8 国際化と国鳥:春花鶏図

キジの仲間(キジ目キジ科の大型種・中型種)は主にアジアに分布し、雄は個性豊かな派手な装いを持つため古今東西で人気がある。日本にはキジとヤマドリの2種のみが日本固有種として生息するが、中国の山間部やヒマラヤの山岳地域、東南アジアの山地などには沢山の種が生息しており、中国絵画において主要な画題の1つであった。それは日本絵画においても同様で、中国絵画の影響の下、外国産を含めたキジの仲間が頻繁に描かれてきた。

伊藤若冲筆 三の丸尚蔵館蔵 出典:宮内庁ホームページ
伊藤若冲筆 三の丸尚蔵館蔵
出典:宮内庁ホームページ

例えば、中華を代表するキンケイ(金鶏;体長90cm)は中国の山間部に生息し、黄金色の頭や腰と緋色の腹が豪華である。動植綵絵「雪中錦鶏図」(伊藤若冲筆 三の丸尚蔵館蔵)や「柳汀双禽図」(宋紫石筆 滋賀県立琵琶湖文化館蔵)など数多くの作品に描かれ、抜群の人気を誇った。同じく中国の山間部に生息するハッカン(白鷴;体長90-130cm)は、首・背・尾は白く、紺色の腹と鮮やかなコントラストを成す。「白閑鳥・金鶏鳥図」(岡本秋暉筆 摘水軒記念文化振興財団蔵)は、これら2種を対比的に描いた良作である。日本を代表するヤマドリ(山鳥:体長125cm)は本州・四国・九州の山地に生息し、全身は鮮やかな赤銅色で、特徴的な長い尾を持つ。「梅に山鳥図」(狩野山雪筆 妙心寺天球院蔵)や「松に山鳥図」(東東洋筆 仙台市博物館蔵)は、その長い尾を垂らした雄が樹にとまった姿が描かれている。いずれも画面の主役として扱われており、まさに花鳥画の千両役者たちである。

キジ 撮影:高橋雅雄
キジ 撮影:高橋雅雄

しかしながら、日本の国鳥であるキジは意外とあまり描かれなかったようだ。キジ(雉;体長80cm)は本州・四国・九州の農地や荒れ地に生息し、人里近くにも多く棲む身近な鳥である。赤い顔、緑に輝く体、少し長めの尾を持ち、画題として充分魅力ある姿形をしている。けれども江戸期までの絵師はキジを避けていたようで、「春雨桜雉子図」(蠣崎波響筆 市立函館博物館蔵)など少数の良品しか見当たらない。

マクジャク 撮影:高橋雅雄
マクジャク 撮影:高橋雅雄

その理由はおそらくクジャクにあっただろう。クジャクもキジの仲間で、マクジャク(真孔雀;体長300cm)とインドクジャク(印度孔雀;体長230cm)の2種類がいる。江戸期までに描かれたクジャクは、日本に比較的近い東南アジアに分布していたマクジャクが主であった。全身が緑に輝き、頭部には逆立つ冠羽があり、腰には青い目玉模様で飾られた長い飾り羽を持つ(誤解されがちだが、これは尾羽ではなく腰の羽毛である)。大柄で華やかで個性的で、主役しか務まらない強い存在感があった。江戸期の花鳥画はまさに“マクジャクの天下” で、「孔雀図」(円山応挙筆 MIHO MUSEUM 蔵)や「牡丹孔雀図」(岡本秋暉筆 静嘉堂文庫美術館蔵)など大作が数多く作成された。この人気がキジに悪く作用したと私は考えている。マクジャクもキジも同じような輝く緑の体を持ち、色がどうしても被ってしまう。そのため、色合いを鑑みてどちらかを画題として選ぼうとすると、どうしてもマクジャクに軍配が上がってしまったのではないだろうか。キジは出番すらあまり与えられない不遇の時代を過ごすしかなかった。

幕末以降の開国によって状況は一変する。海外との流通が盛んになると、南アジアに分布するインドクジャクが日本へ多々持ち込まれるようになった。インドクジャクは青く輝く体を持ち、マクジャクよりもさらに派手で見栄えがする。これが当時の絵師や画家の好みと合ったのだろう。天下を謳歌していた緑のマクジャクは選外へ追いやられ、花鳥画の主役は青のインドクジャクへ一気に代わった。この交代劇は、不遇だったキジの地位をも変えることになった。マクジャクが退場したため“緑のポジション” が空き、それに収まることでキジは明治期以降の日本絵画に突然頻繁に登場するようになった。明治期に活躍した省亭もキジを多く描いているが、それはその流行に影響されたためと考えられる。

さらに省亭は、キジに対して別の想いもあったと思う。彼はキジなど日本の鳥を主に描いているが、一方でクジャク類を含めた外国の鳥を描いた作品はあまり見当たらない。それはおそらく、急激な国際化を経験することによって返って日本を強く意識するようになったからではないだろうか。省亭は西欧を訪れた最初の日本画家であった。今の私たちもそうだが、海外へ行くと日本を強く意識するようになる。省亭も同様だったはずで、そのため彼は外国の鳥にはあまり目を向けず、日本の鳥を好んだのだろう。クジャクよりもキンケイよりも、日本のキジが彼の心を最も揺さぶったに違いない。省亭が描いたキジは、明治期の日本が経験した国際化と、省亭個人が経験した日本への強い想いの双方を象徴するアイコンなのである。

高橋 雅雄

(鳥類学者 理学博士)

このページのトップへ

このページのトップへ