鳥博士高橋の鳥舌技巧!

vol.9 省亭のライバル 荒木十畝:山鴫

「これはまたマニアックな鳥を描いたなあ~」というのが、私がこの絵を初めて知った際に感じた第一印象であった。この鳥はヤマシギ(山鴫:体長 34cm)というシギの仲間で、ヨーロッパから東アジアにかけてのユーラシア大陸に広く分布し、日本では北海道や東日本で繁殖し本州以南で越冬する。疎林や農耕地などで暮らし、その長い嘴で地中の昆虫やミミズなどの小動物を探り当てて食べる。生息数はそこそこ多いはずなのだが、鳥類研究者でも出会う機会はかなり少なく、身近な鳥とは決して言えない。主に夜行性であることと、目立たないように隠れ住んでいることが理由だろう。私も目にしたことは数回しかないが、冬の夜の水田で出会った時は、彼は驚いて飛び立ち、目前の電信柱に激突して地面に落下してしまった(怪我は特に無かったようで、その後無事に逃げていった)。野生生物が持つべき “鋭さ” や “器用さ” が全く感じられない醜態で、どうしても “鈍臭い” としか思えなかった。これを “かわいい” と感じる人も中にはいるだろうが、一般的な人気や関心を獲得できる要素は、この鳥にはあまり無い。

ヤマシギは羽毛1枚1枚に細かな模様があり、じっくりと観察すると繊細な美しさに気付かされる。けれども全体的には茶色系ばかりで、かなり地味な印象を持ってしまう。そのためなのか、前述のように身近さに乏しかったからなのか、日本絵画への登場はこれまでほぼ無かった。省亭は山鴫図(個人蔵)と本作の少なくとも 2作品でヤマシギを写実的に描いているが、これは大変珍しいことである。以前の当コラムで紹介したクイナもそうだったが、省亭は地味でマニアックな鳥が好きなのだろう。

最近になってようやく、省亭作ではないヤマシギの日本絵画を見つけることができた。荒木十畝(1872-1944)が描いた「四季花鳥」四幅の一つ「秋 林梢文錦」(山種美術館蔵)である。十畝は明治後期から昭和初期にかけての画壇の中心人物の一人で、守旧派に属したと言われている。彼の師は迎賓館赤坂離宮の壁面装飾画で省亭と競った荒木寛畝(1831-1915)であり、師弟共に花鳥画を得意とした。十畝は省亭より 21歳若いが、同時代に活躍して同じ花鳥画を多く描いており、二人はライバル関係だったと言っても間違いないだろう。両者のヤマシギを見比べて、彼らの芸術感の違いを明らかにしてみよう。

まずは省亭のヤマシギを見てみよう。葉が枯れた秋の疎林で、1羽のヤマシギが林内を飛んでいる。目の位置や体形のバランス、頭や胴の色模様など、その描写は極めて写実的である。腰の赤茶色や尾先の白色、翼の初列風切羽1枚1枚の模様など、細かな特徴までもが正確に捉えている。これらは実物を直に手にしてじっくり観察しないと気付けないはずだ。また、背面から腹面にかけての羽色のグラデーションや翼先の霞んだような表現は、このヤマシギを立体的に見せる働きをしている。省亭の高い観察力と強いこだわり、そして並外れた描写力の凄さを感じざるを得ない。ただし、省亭のヤマシギは少し太り過ぎだろう。ヤマシギを実際に手にすると確かに、胴はむっちりずっしりしていてたくましい。省亭も実物を手にしていたならばそう感じたはずで、彼はその質感や重量感をも絵画中に表現したかったのかもしれない。それを意識し過ぎたからなのか、実物よりも太く見えてしまっている。

次に十畝のヤマシギを見てみよう。大きな画面には紅葉した広葉樹が林立し、上半分は鮮やかな朱色で飾られている。対して下半分は色合いが乏しく地味だが、佇む2羽のヤマシギとリンドウの花に目が向く。ヤマシギは体形や目の位置、目元や後頭部の黒斑などが正確に描かれている(目や足指の爪の色など細部にはいくらかの違和感があるが…)。特に背や翼の羽毛は細かな模様が部位ごとに描き分けられており、地味な画面下半分の中で装飾的な役割をいくらか担っている。彼らの顔は少し滑稽な表情で描かれており、リアルな描写の博物画というよりは、デフォルメを効かせた漫画のようだ。体は実物よりもほっそりしていて軽そうな印象を受ける。画面全体は日本画の伝統に則った平面性で統一され、ヤマシギにも立体感は感じられない。

これらの違いを端的に表現するならば、省亭のヤマシギは立体的かつ重量的、十畝のヤマシギは平面的かつ軽量的と言えるだろうか。芸術性の優劣は判断しがたいが、彼らが全く別々の芸術的価値観を持ち、異なる花鳥画を目指していたことは確かである。

高橋 雅雄

(鳥類学者 理学博士)

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