vol.06 百舌勝負:枯野
モズ(百舌・鵙;体長20cm)は東アジアに分布する小鳥で、日本ではほぼ全国の草地や疎林に普通に生息する。昆虫・カエル・トカゲ・小鳥・ネズミなど捕殺できる小動物は何でも食し、時には自分よりも大きな鳥すら殺して食べてしまう。その高い殺傷能力から“小さな鷹”とも称され、小鳥にとっては一生涯避けたい恐ろしい相手である。色模様は雌雄でいくらか異なり、雄には翼に白斑が、目元には黒い過眼線がある(いずれも雌には無い)。漢字名の1つである“百舌”は、春に雄が他の鳥の鳴き声をいくつか真似て囀ることから名付けられた。また秋には、1羽1羽が越冬のための縄張りをそれぞれ作り、枯木の頂など目立つ場所でキリリリと大声で主張する(モズの高鳴きと呼ばれる)。農耕地や公園などでも簡単に出会える身近な野鳥であり、鳥類学においては長年詳しく研究された種である。
宮本武蔵 《枯木鳴鵙図》
江戸時代
和泉市久保惣記念美術館
このようにモズは身近で目立つ野鳥であるはずなのに、彼らを描いた日本絵画は意外なことにかなり少ない。その極少数の中に、日本絵画史上の傑作と断言したい最良の2作品が存在する。1つは“剣豪”宮本武蔵(二天)が描いた「枯木鳴鵙図」(和泉市久保惣記念美術館)だ。縦長の画面の中央に長い細枝がスッと伸び、その頂に雄成鳥のモズ1羽がとまっている。水墨の濃淡のみで簡素に表現されているが、姿形や色模様(翼の白斑や黒い過眼線)は極めて写実的である。周囲に向けられた彼の視線は強く鋭く、獲物を探し狙う気配までもが描写される。足下に這うイモムシに気付かないことを揶揄するような評もあるが、彼はイモムシなんかには全く関心が無い。彼が狙うのは大物だ、その殺気がビンビンに伝わってくる。命を懸けて真剣勝負を繰り返した伝説の剣豪だからこそ描くことができた、まさに奇跡の一幅である。
速水御舟 《百舌巣》1925(大正14) 年 紙本 彩色
山種美術館(『生誕 125年記念 速水御舟展』
(会場:山種美術館、会期:2019年6月8日~ 8月4日)で展示予定)
もう 1つは速水御舟の「百舌巣」(山種美術館)だ。自宅の庭か近所の藪から採ってきてしまったのだろう、回収された巣の縁に 2羽の雛が佇んでいる。彼らの顔つきはまだ幼く、体の羽毛はおよそ生え揃っているが、翼や尾の羽はまだ伸びきっていない。これらから、この雛たちは巣立ち前で、親鳥の世話がまだまだ必要な段階だったことが分かる。2羽とも同じ方向をじっと見つめており、この異常な状況下で親鳥を待つ不安と心細さに溢れている。巣に散らばる鳥の羽は食べられた小鳥のものだ。巣が回収された際に散らばってしまったのだろうこれらも、雛の不安や心細さを一層引き立たせている。写実性と象徴性を追求した名手らしい、多義的な良品である。
省亭のモズはどうだろうか。本作品では、ヤマブドウが絡んだ太めの枯木に、雄成鳥のモズが 1羽とまっている。実をつけたヤマブドウは葉が枯れているので、季節は晩秋だろう。鋭く曲がった鷹のような嘴、細長い尾、特徴的な黒い過眼線と翼の白斑、黒く細い脚など、モズの姿形や色模様が完全な写実で描かれている。胴体は太くたくましく、頭部や腹部の羽毛は柔らかそうに膨らむ。実際にモズを手に取ると、確かに体格は良く、羽毛は長く柔らかい。省亭は質感や重量感までをも写実的に表現しようとしており、彼の写実性が従来の範囲を超えた高みに到達しつつあったことが読み取れる。
では、省亭のモズはどの程度の傑作なのだろうか。先に挙げた 2作品よりも勝っていると言えるだろうか。それぞれと一本勝負をさせて、順位を決してもらおう。まずは武蔵のモズとから。どちらも雄の成鳥で、枯枝にとまっている。顔と体の向きは真逆だが、構図はかなり似ている。写実性はどちらも優れており文句のつけようがない。けれども、モズの表情と画面全体の印象は両者で大きく異なる。省亭のモズの目は優しく、画面全体は穏やかな雰囲気である。悪く言えば緊張感に欠け、獲物を狙う殺気も、縄張りを守ろうとする気合も感じられない。行動の意図は読み取れず、ただ単に枝にとまっているだけなのだろう。一方の武蔵のモズは目つきが険しく、画面全体が殺気に満ちている。また、彼は尾をぐいっと内側に傾けており、細い枝先でのアンバランスを尾の重心移動で補っている。すなわち、彼は直ぐにでも獲物に飛び掛かろうと身構えていることが想像できる。省亭のモズは静止画的、武蔵のモズは動画的と言えるだろうか。際どい勝負だが、殺気や動作まで表現している点を評価して武蔵のモズの勝ちとしたい。
次は御舟のモズと見比べよう。こちらは描かれた対象がかなり異なるので比較がしにくい。省亭のモズは雄の成鳥だが、御舟のモズは巣立ち間近の雛だ。構図も状況も大きく異なるので比べられない。よってこの勝負では、羽毛の描写に焦点を当ててみる。御舟のモズはのっぺりしていて、羽毛の柔らかさや立体感はあまり感じられない。これは東山魁夷や平山郁夫など後に続く日本画家とも共通するが、日本絵画の伝統的な美意識に則り、敢えて平面的に描写しようとした結果であろう。一方で省亭のモズには羽毛の柔らかさや質感があり、西洋画が持つ立体性が省亭独自の技術で再現されている。こちらは日本絵画が持ち合わせていなかった新しい美意識に挑戦した結果と解釈できよう。やはり際どい勝負となったが、立体的に表現しようと試みた新規性を評価して、省亭のモズの勝ちとしたい。
ということで、省亭のモズは傑作相手に1勝1敗であった。これら2作品と遜色無い傑作であると、ここに断言したい。私の将来の夢は、3つのモズを並べて観察することである。これまでの鳥類学研究では分からなかった、モズの新たな一面を見つけることができるかもしれない。
高橋 雅雄
(鳥類学者 理学博士)
今回のコラムでご紹介した《百舌巣》が見られる展覧会
【山種美術館 広尾開館10周年記念特別展】生誕125年記念 速水御舟
Special Exhibition Commemorating a Decade since the Yamatane Museum of Art
Opened in Hiroo
Celebrating the 125 th Annive rsary of His Birth: The Art of Hayami Gyoshū
今年は速水御舟生誕125年の年。
それを記念して山種美術館で速水御舟の特別展が開催されます。
この展覧会では、同館が所蔵する120点の御舟作品が前期・後期で全点公開される予定です。
国内外屈指の御舟コレクションをまとめて堪能できるめったにない機会をどうぞお見逃しなく。