vol.11 日本画に最も描かれた鳥:花鳥図
私たちの研究によると、日本画に最も多く描かれた鳥はスズメである(大山・高橋 2012)。スズメはユーラシア大陸に広く分布し、ヨーロッパでは森林に潜んで暮らしているが、東アジアでは昔も今も人間生活と密接な関係を築いて生きている。日本でも、彼らは最も身近な鳥であり、当然ながら絵師の目に留まる機会はかなり多かっただろう。また、世間の知名度や人気が高いために花鳥画の主役になり、都市や農村の風景のどこにでも居たため風景画の脇役にもなり得た。これら複数の理由のために、スズメは日本画に最も多く描かれた鳥となったと、私は考えている。
長澤蘆雪「群雀図」(個人蔵)
時代を代表する絵師が、それぞれ個性的にスズメを描いてきた。かの伊藤若冲は動植綵絵の秋塘群雀図(三の丸尚蔵館蔵)で粟に群がるスズメを描き、長沢芦雪は「群雀図」(個人蔵)でスズメを表情豊かに描いた。竹内栖鳳は「喜雀」(湯河原美術館蔵)で地面に遊ぶスズメを描き、福田平八郎は「竹と雀」(メナード美術館蔵)で竹林内を飛ぶスズメを簡略化して描いている。各自の代表作を列挙するだけでもキリが無いほど、スズメが描かれた日本画は極めて数多い。
渡邊省亭「青梅に雀の図」(松岡美術館蔵)
“鳥の絵師” 省亭ももちろんスズメを数多く描いている。「青梅に雀の図」(松岡美術館蔵)、「群雀之図」(個人蔵)、「桜に雀」(山種美術館蔵)、「稲に雀図」(静岡県立美術館蔵)などなど、やはり挙げればキリが無い。季節もシチュエーションも様々で、省亭がスズメを画題としてかなり“信頼” していたことが窺える。画題に困ったら、とりあえずスズメだ!
さて、スズメを写実的に描くには、押さえるべきいくつかのポイントがある。まずは体形と各部位のバランスだ。スズメは小鳥としては体格がかなり良く、全体的に丸くぽっちゃりしている。実際に体長が同じくらいのウグイスやシジュウカラと比べると、スズメは体重が1.5-2 倍ほども重い。頭が相対的に大きいので3.5 頭身くらいに見え、嘴は太く短く、脚は細いがかなり短い。また見逃されがちだが、スズメは色彩こそ地味だが模様は意外と複雑だ。頭部と背面は暗い茶色で、腹面は薄汚れたような白色である。けれども細部を見ると、真っ白い頬には丸い黒斑があり、喉元にも黒い線模様がある。翼の上部と中部には白黒の横線がそれぞれ一本あり、風切羽には薄茶色の横線が二本ある。このように体の各部に細かな模様があり、それぞれがスズメらしさを構成している。これらを全てクリアできると、写実的なスズメが描きあがる。
渡邊省亭「花鳥図」
これらのポイントを踏まえて、省亭のスズメを見てみよう。複数の省亭作品を見通してはじめに感じるのは、色や模様の正確さだ。頬や喉の黒斑は当然のことだが、翼の白黒の横線二本すらもはっきりと書き込んでいるのは省亭と竹内栖鳳くらいだろう。ましてや、省亭のスズメのいくつかには、他ではあまり目にしない風切羽の横線までもが描かれている。加えて、模様が無い部位にも写実のこだわりが見られる。スズメの腹面は薄汚れた白色で美しくなく、そこに力を入れて描く画家はほとんどいない。けれども省亭は、そここそを絶妙なグラデーションでリアルに描き、彼らしい柔らかな立体感を表現している。
一方で、省亭はスズメの頭を少し小さく描く傾向があったようだ。他の絵師が描くスズメの多くは、頭の大きさが誇張されている。これは、前述したようなスズメの特徴的な体形が鑑賞者に伝わりやすいよう、敢えて過度に表現したためだろう。けれども省亭は、写実を重んじ誇張を嫌ったようだ。そのため、確かに省亭のスズメは鳥類学的には正しいのだが、細部にこだわり過ぎて鑑賞者の視点を少し疎かにしてしまったように思う。省亭のスズメのいくつかは、一般的なスズメのイメージからかなり離れてしまっている。
このように省亭のスズメは、良くも悪くも一貫して極めて写実的である。けれども中には、省亭には珍しく、写実から少し離れた作品もある。特に本作品のスズメは、他の省亭作品と比べると描写が簡略的で、かなりデフォルメされている。頭はかなり大きめで、尾は少し短めで、頬の黒斑は小さく丸い。そのせいだろうか、このスズメに野性味はあまり無く、散った桜の花びらや控えめに咲くスミレの花と相まって“軽い可愛さ” に溢れている。写実を重んじた省亭も、時には“可愛らしさ” を意識したのだろうか。
高橋 雅雄
(鳥類学者 理学博士)
今回のコラムでご紹介した《青梅に雀の図》を所蔵する美術館
松岡美術館
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WEB : http://www.matsuoka-museum.jp/
※現在所蔵作品の修復調査、設備点検のため、長期休館中