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vol.12 よしに鷺の図
渡邊 省亭 Watanabe Seitei
渡邊 省亭 よしに鷺の図

vol.12 省亭の非写実:よしに鷺の図

そもそも写実とはどのような意味だろうか。大辞林第三版には「物事をありのままに文章や絵などに描くこと」と説かれており、絵画芸術に限ると、「現実に存在する物をありのままに正確に描くこと」と定義していいだろう。これまで私は省亭の鳥の写実性を論じ賞賛してきた。それは省亭が鳥類学的に見て正確に鳥を描いていたことが多かったからであり、彼の花鳥画の大きな特徴であろう。しかしながら今回は、省亭の写実性に疑問を投げかける作品をあえて取り上げてみようと思う。

本作品に描かれているのは白鷺である。白鷺は白いサギの総称で、“シラサギ” という種類のサギはいない。日本にはダイサギ・チュウサギ・コサギ・アマサギなどが生息し、互いに姿形がよく似ている。相違点としては体の大きさと体形、嘴や足の色、冠羽の有無などがあり、その組み合わせで種類を区別する。体は名前の通りにダイサギが最も大柄で体格が良く、次はチュウサギで、コサギとアマサギはかなり小さい。嘴の色は、ダイサギとチュウサギでは季節で変化し、夏は黒く冬は黄色い。一方でコサギは一年中黒く、アマサギは一年中黄色い。足は主に黒だが、コサギだけは足指が黄色い。頭の冠羽はコサギのみが細長いものを持つ。このように識別点をつらつらと書き連ねてみたが、なかなかヤヤコシイことがお分かりいただけただろうか。バードウォッチングでの難易度は中級レベルで、ある程度の専門知識や経験が無ければ難しい。

渡邊省亭「青楓白鷺・雪中鵯図」
渡邊省亭「青楓白鷺・雪中鵯図」
(一般財団法人 齋田茶文化振興財団・齋田記念館)

さて、上記の識別難易度を踏まえた上で、省亭が描いた白鷺を品定めしてみよう。そもそも省亭はかなりの鳥好きだったろうから、これらの識別点をもちろん知っていただろう、その前提で話を進めたいと思う。省亭の白鷺は、「十二ヵ月花鳥図 七月」(個人蔵)や「青楓白鷺・雪中鵯図」(齋田美術館)など複数の作品で共通した特徴を持っている。すなわち、①嘴は黒く、②細長い冠羽があり、③足は指先まで黒い。①と②から、この白鷺はコサギのようだ。また細かな識別点だが、口元から目元にかけての皮膚の露出部の色や形も重要で、これらもコサギによく似ている。問題は③である。黄色の足指がコサギの大きな特徴だが、この白鷺は指先まで明らかに黒く、コサギの足とは全く異なる。すなわち、この白鷺はコサギに別種の足を取って付けた “キメラ” のようなもので、現実には存在しない空想の産物になってしまっている。各部位は写実らしく描かれているが、種の識別点として重要な鳥類学的特徴が大きく損なわれているので、全体的な写実性は認められない。

渡邊省亭「よしに鷺の図」
渡邊省亭「よしに鷺の図」

どうして省亭はこのような白鷺を描いてしまったのだろうか。彼は写実的に容易に描けただろうに、どうして写実性を捨ててしまったのだろうか。それは省亭が芸術性を追求した画家であったためだと、私は考えている。白鷺を描くにあたって、コサギは理想に近いモデルであったろう。比較的身近な鳥なので観察機会は多く、細長い冠羽を持つので装飾的にも優れている。しかしながら、淡く静かな水墨画の画面において、足指の黄色は悪目立ちしてしまって余計だったに違いない。本作品の白鷺の足指が黄色かったならば、鑑賞者の視線はその黄色に真っ先に向いてしまい、白鷺の存在感が薄れてしまう。そのため、彼は間違いを承知で足指を意図的に黒く塗りつぶした。そうすることで白鷺は “キメラ” となってしまったが、白鷺の存在感は際立つようになり、作品の芸術性は保たれたのだろう。

省亭の作品の大多数が鳥類学的に優れた写実性を有していることは疑いようがない。けれども、彼の作品を写実性の優劣で一概に評価するのは誤りである。写実性と芸術性は必ずしも共存せず、絵師や画家は時に写実性を犠牲にする。そんな場合は「間違って描いた」と非難するのではなく、「意図的に変えて描いた」と前向きに評価すべきなのだろう。数多ある省亭の絵画作品は、写実性と芸術性の間で今も揺れ続けている。

高橋 雅雄(鳥類学者 理学博士)
1982年青森県八戸市生まれ。立教大学理学研究科修了。専門は農地や湿性草原に生息する鳥類の行動生態学と保全生態学。鳥と美術の関係性に注目し、美術館や画廊でのトークイベントに出演している。

 


今回のコラムでご紹介した《青楓白鷺・雪中鵯図》を所蔵する美術館

一般財団法人 齋田茶文化振興財団・齋田記念館
〒155-0033 東京都世田谷区代田 3-23-35
Tel:03-3414-1006
WEB : http://saita-museum.jp/

【2019年12月20日まで企画展開催中】
齋田記念館 秋季企画展
本草画家 齋田雲岱のつなぐ縁
― 大岡雲峰・瀧和亭・春木南湖・谷文晁・岡田閑林 ―
佐竹本三十六歌仙絵巻 切断100年
《特別出品》谷文晁摸写「佐竹本三十六歌仙絵巻」

※本コラムで紹介した「青楓白鷺・雪中鵯図」は展示されておりません。

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