vol.22 ある鶴の肖像:竹に真鶴
皆様お初にお目にかかります、わたくし「まなづる」と申します。生まれは遠くロシア東部か中国北部の大湿原、優しくたくましい両親のもと、もう1羽のきょうだいと一緒に何不自由なく育ちました。初めて日本を訪れたのは生まれた年の秋のことで、ようやく飛べるようになったばかりだったのに、両親が急に旅立つと言うものですから、必死になってついていきました。長い長い旅の果てに、広い海を越えた先に小さな島々がありまして、そこが日本だったんですね。ここには、田んぼって呼ぶんですか、形が妙にそろった不思議な湿原が広がっていて、まあまあ暮らしやすいところでした。次の春に両親やきょうだいとは別れましたが、この思い出の日本で冬を過ごすことが、それ以来の習慣になっています。九州という南の小島が気に入った定宿ですけど、気が向いたら隣の本州や四国という小島にも足を延ばすこともありますよ。
わたくし、どうしても皆様にお伝えしたいことがあるんです。鶴と言えば、やっぱり「たんちょう」さんを皆様は思い浮かべるのでしょうか。白黒で、頭が赤い、あの方ですわ。あちらさんは、たしかに見栄えはして、まあまあ人気があるのは納得ですけど。でもねえ、どうぞ名前に注意していただけません?あちらさんは「丹頂」、頭のてっぺんが赤いという、ただそれだけの名前ですけど、要するに、頭が赤かったのが目についただけでしょう。それにひきかえ、わたくしは真の鶴と書いて「真鶴」、文字通り本物の鶴、真実の鶴はわたくしのことなのです。大事なことなので2回言いますよ、鶴というのは、本来はわたくしのことです。名前をつけた昔の者々は、鳥の価値というものを正しく理解していたんですね。皆様もどうぞそれを見習って。
もう1つ、皆様にお伝えしたいことがあるんです。わたくしたち鶴のなかまと鷺(さぎ)とを同じ鳥だと思っている輩が時々いるんですけど、失礼ですねえ、全然違うんですよ。たしかに、嘴も首も足も細長くて、体形はそっくりです。暮らしている環境も同じ水辺です。でもね、そもそも体の大きさが全然違うんですよ。私たちは、皆様方ニンゲンと同じくらいと体格です。どうでしょう、このたくましい脚、筋肉質な体、すっと伸びた首、精悍な顔つき。鷺さんたちは、実はそんなに大きくない。このあたりで一番大きな蒼鷺(あおさぎ)くんでも、わたくしの2/3くらいの大きさしかありません。日本でわたくしより大きな鳥というと、大白鳥と小白鳥のお二方、丹頂さん、翼の長さも含めると信天翁(あほうどり)氏くらいでしょうか。
ああ、お伝えしたいことがもう1つありました。そもそも、わたくしが暮らすのは、遮るものが何も無い、広い広い大湿原なんですよ。それなのに、この日本に生息するニンゲンというものは、わたくしたちの隣に松とか竹とかを置こうとする。これねえ、ほんと邪魔。こういうものは目障りだし、歩きにくいし、飛びにくい。そう、この時もとても困りました。あんなに嫌だと言ってたのに、どうして竹林に連れてこられたんでしょう。ほとほと困ってしまって、一歩一歩、慎重に慎重に進んで、よくやく竹林から出たんですよ。そしたら、あの不可解な生き物、ワタナベセイテイっていうニンゲンだそうね、それが林外で待ち構えていて、「動くな」だなんて無茶なことを言う。そして、わたくしをじっと睨んだかと思うと、顔を下げて何かする、その繰り返し。気が狂った生き物としか思えませんでしたよ。何時間、拘束されんでしょう、まったく。
なんだかんだとグダグダ申しましたが、出来上がったこの肖像画は気に入っているんです。モデルが良かったのが一番でしょうけれど、あのワタナベセイテイっていうニンゲンも、まあ悪くない。こんなに美しい姿が永遠に残ると思うと、わたくし、とても満足していますわ。
高橋 雅雄(鳥類学者 理学博士)
1982年青森県八戸市生まれ。立教大学理学研究科修了。
専門は農地や湿性草原に生息する鳥類の行動生態学と保全生態学。
鳥と美術の関係性に注目し、美術館や画廊でのトークイベントに出演している。