PUBLICATIONS 鳥博士高橋の鳥舌技巧!

vol.29 目白図(花鳥魚鰕画冊)
渡邊 省亭 Watanabe Seitei
渡邊 省亭 目白図(花鳥魚鰕画冊)

絹本着色 一面(全二十一面のうち)
35.6 x 27.3 cm メトロポリタン美術館

vol.29 幻の六番目:目白図

春を迎えて梅や桜が咲き誇るようになると、決まってメジロたちがやってくる。木々の枝先を「チーチーチーチー」と騒がしく飛び回りながら、花に嘴を差し込んで、ブラシ状の舌で花蜜を飲み込んでいく。北国であろうが南国であろうが、都会であろうが田舎であろうが、日本中どこでも見られる光景である。それくらい、メジロは日本中にたくさん生息し、どこのメジロも甘党で花蜜が大好きだ。

メジロ(体長12cm)は日本・中国南部・インドシナ半島周辺に分布し、日本では北海道から南西諸島や小笠原諸島まで、全国に満遍なく生息する普通種だ。その黄緑色の体と白い目は、桜咲く光景や映像の中で誰もが目にしたことがあるだろう。けれどもよくよく見て欲しい、メジロ(目白)という名前ではあるけれど、目そのものは白くない。目の周りを白い羽毛がリング状に囲んでいるだけである。ちなみに、メジロの仲間(メジロ属)は世界に約100種知られているが、そのほとんどが同様に目の周りが白い。彼らは初夏から夏までの繁殖期はつがいで暮らすが、それ以外の時期は群れで生活している。時には群れの構成員が密着して休むようで、横枝に一列に並ぶと「目白押し」という状態になる。これは昔からよく知られた行動のようで、伊藤若冲の「海棠目白図」(泉屋博古館蔵)や酒井抱一の「十二か月花鳥図 十月」(出光美術館蔵)などの絵画作品にも描かれている。残念ながら私は野外で未だ見たことが無く、最も出会いたい野鳥の行動の1つである。

渡邊省亭「目白図」
渡邊省亭「目白図」
メトロポリタン美術館

本作品では、5羽のメジロが「目白押し」で並ぶ様子が描かれている。向かって右側から順に見比べていくと、どれも表情が違って面白い。右端の一番手前のメジロは横顔だ。鳥は平面的な横顔が最も捉えやすく、省亭にとってはお手の物だっただろう。そのためか、フォルムは5羽の中で最も正確で、最も写実的に描かれている。また、省亭は小鳥の輪郭を描かないで体羽の柔らかさを表現している場合が多々あるが、本作品のメジロたちは輪郭がはっきりと描かれ、その代わりに多数の細い線を放射状に描くことで、体羽の柔らかさが表されている。特にこの手前のメジロには最も多くの線が加えられ、作品の主役として省亭が重視したことが感じられる。

次のメジロは斜め左下を向く。この角度の顔はかなり捉えにくく、省亭の挑戦と苦労の様子が窺える。特に生きたメジロの目は透明な半球が顔から少し突出しており、省亭はその立体感を描こうとしたのだろう。出目気味の顔は不自然に感じるかもしれないが、実物とそんなにかけ離れてはいない。三番目は反対に斜め右下を向き、かなりコミカルな表現になっている。前のメジロに嘴が隠れてしまったせいもあるが、目の特出は過剰で、顔のシャープさは無く小鳥らしくない。四番目は背中を向けていて顔は見えない。けれども、翼の風切羽や尾羽の1枚1枚が丁寧に描かれ、中心の羽軸とその両側に伸びる羽枝までが細い線で表現されている。この5羽のなかでは、一番目に次いで正確かつ写実的に描かれている。そして最後のメジロも背中を向けているが、尾は上がり、横顔がチラッと見えている。向きは異なるが、一番目のメジロと同じ格好で、両者が対になっていることが分かる。

さて、ここまで5羽を順番に見てきて、何か変に思われなかっただろうか。私はこの目白押しを高く評価する反面、違和感をどうしても抑えられなかった。二番目のメジロに注目して欲しい。向かって左側の体(メジロ視点では右半身)が過剰に幅広く、肩が異様に盛り上がっているように見えないだろうか。本来の自然な輪郭を描き足してみると、右半身が1.5倍ほど不自然に膨れていることが分かる。この二番目が太めのメジロだったかもしれないが、もしそうであったとしても、この描き方は骨格的な許容範囲を超えていて、さすがに異常である。

ここで私の突拍子も無い考えを紹介したい。私は、この膨れた右半身は、隠れた六番目のメジロだと考えている。おそらく、二番目のメジロだけは右半身の輪郭が描かれず、胸の体羽がふわっと柔らかく膨らんた表現で終わらせているのだろう。この六番目は二番目の体にほとんど隠れてしまって、顔も翼も足も見えていない。けれども、二番目の足の下から伸びた2本の尾は、向かって右側は二番目の、左側は六番目のメジロのものではないだろうか。おそらく彼は五番目のように背を向け、少々縮こまっているのだろう。

この私の「六番目のメジロ」説は、どこまで受け入れられるだろうか。納得して頂ける方もいれば、勘違いだと否定される方もいるに違いない。それでも賛否両論が生じるとすれば、省亭が仕掛けた罠に、私たちは彼の意図通りにハマってしまったということだ。省亭の花鳥画はいつでも油断できない。

高橋 雅雄(鳥類学者 理学博士)
1982年青森県八戸市生まれ。立教大学理学研究科修了。
専門は農地や湿性草原に生息する鳥類の行動生態学と保全生態学。
鳥と美術の関係性に注目し、美術館や画廊でのトークイベントに出演している。


今回のコラムでご紹介した《目白図》が出展中!

渡辺省亭ー欧米を魅了した花鳥画ー
https://seitei2021.jp/

2021年3月27日(木)~5月23日(日) *会期終了しました。
於:東京藝術大学大学美術館
https://www.geidai.ac.jp/museum/
*緊急事態宣言を受け、東京藝術大学美術館は5月11日まで休館となりました。詳細は企画展公式ウェブサイトをご覧ください。
〒110-8714 東京都台東区上野公園12-8
03-5777-8600(ハローダイヤル)

2021年5月29日(土)~7月11日(日) *会期終了しました。
於:岡崎市美術博物館
https://www.city.okazaki.lg.jp/museum/index.html
〒444-0002 愛知県岡崎市高隆寺町字峠1番地
0564-28-5000

2021年7月17日(土)~8月29日(日) *会期終了しました。
於:佐野美術館
https://www.sanobi.or.jp/
〒411-0838 静岡県三島市中田町1-43
055-975-7278

※《目白図》は東京藝術大学大学美術館と岡崎市美術博物館の展示となります。

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