vol.37 特別編 省亭の叭々鳥:松に椋鳥
日本画は歴史的に中国絵画に強く影響を受けて発展してきた。徽宗や牧谿など中国人絵師の優れた作品が室町時代に日本にもたらされ、それらを手本とした雪舟や能阿弥の水墨画や花鳥画が、それまでの大和絵を大きく変えた。安土桃山時代や江戸時代初期に描かれ現在は日本画とされる作品は、現代に例えるとハリウッド映画を模したCG満載の外国っぽい、それでいて日本っぽさもどこかに感じる邦画のようなものだっただろう。描かれた鳥も外国っぽいものが好まれたようで、日本には居ない中国産の鳥が多数描かれた。特にキンケイ、サンジャク、ソウシチョウ、コウライウグイスなどが人気で、いろいろな絵画で不自然に見られる。
中でもハッカチョウ(叭々鳥)は、実に多くの作品に描かれている。代表的なものを挙げると、狩野永徳の「松に叭叭鳥・柳に白鷺図屏風」(九州国立博物館蔵)や海北友松の「松に叭々鳥図襖」(建仁寺禅居院蔵)、時代が下ると伊藤若冲の「月に叭々鳥図」(岡田美術館蔵)や与謝蕪村の「棕櫚に叭叭鳥図」(慈照寺蔵)、明治以降でも川合玉堂「叭々鳥図」(東京富士美術館蔵)や横山大観「叭呵鳥」(山種美術館蔵)と、いずれも錚々たる顔ぶれだ。彼らのうち何人が実物のハッカチョウを見て描いたかは分からないが、黒い体、大きな白斑がある翼、嘴の上に逆立つ羽毛がしっかりと描かれている。特徴が分かりやすく、ほぼ白黒で描きやすく、外国っぽさや中国っぽさを容易に演出してくれる。画家にとってはとても便利な鳥だったのだろう。
さて、この連載コラムでも度々言及してきたが、我らが渡辺省亭は外国産の鳥をほとんど描かなかった。それは彼が写実性と日本らしさに強くこだわったためと私は考えている。当然ながら、彼はハッカチョウを全く描いていない。けれども同時代の画家はいくつも描いていたことから、ハッカチョウの画は当時も高い人気で、省亭も時に顧客から求められたに違いない。彼はそれらの需要にどう答えたのだろうか。
本作品は、その問いに対する省亭の回答である。大きな松の中に、枝にとまる3羽のムクドリが描かれている。暗い灰色の体、黄色の嘴と脚、白い尾先、1羽1羽異なる顔の白い模様と、写実性はさすがに抜群だ。このムクドリの姿や色模様を、他の日本画家が描いたハッカチョウと見比べていただきたい。省亭のムクドリが独特で写実的過ぎるのだが、雰囲気は似ていると感じないだろうか。実はどちらも同じスズメ目ムクドリ科に属し、生物学的に大変近い関係にある。省亭が鳥類の分類学に精通していたとは思えないが、ハッカチョウに似た鳥を身近なものから求めて、他の日本画家がほとんど描かなかったムクドリを見つけたのだろう。省亭にとってムクドリは「日本のハッカチョウ」だったのではないだろうか。
かつては日本に居なかったハッカチョウだが、近年は外来種として関東以西の一部地域で野生化している。私は今冬に香川県でハッカチョウに初めて出会うことができた。電線電柱やビルの屋根に数十羽が集まっていてガヤガヤと騒がしく、時々地面に下りて餌をついばみ、電線や屋根の上へガヤガヤと戻っていく。見た目だけでなく行動もムクドリにそっくりだった。ハッカチョウをムクドリに描き換えた省亭の鳥類学的な先見性には、脱帽するしかない。
高橋 雅雄(鳥類学者 理学博士)
1982年青森県八戸市生まれ。立教大学理学研究科修了。
専門は農地や湿性草原に生息する鳥類の行動生態学と保全生態学。
鳥と美術の関係性に注目し、美術館や画廊でのトークイベントに出演している。