WORK OF THE MONTH 今月の逸品

2024

2024.12

田中一村「観世音菩薩」

紙本 着色 共箱

「田中一村展 奄美の光 魂の絵画」出品

134×60㎝ / 219×77㎝

田中一村は、奄美大島の自然を鮮やかな色彩と独特の世界観で描いたことで知られる画家です。一村が奄美大島に移住したのは昭和33年50歳の頃。それまでは関東を拠点に、南画や花鳥画、風景画など様々な画題に取り組みました。観音菩薩は、終戦前後の30代で大病を患ったことを境に描き始めたといわれており、本作も昭和15〜20年に描かれたものと考えられます。
岩場の荒々しい筆致とは対照的に、観世音菩薩は凛とした姿で描かれ、あらゆる苦難を超越した力強さが感じられます。生涯、独自の道を歩み、日本美術史に燦然と輝く存在となった田中一村の孤高の美が感じられる作品です。

2024.11

大愚良寛「このみやの…」

大愚良寛《このみやの…》

小色紙台貼幅 紙本 会津八一・安田靫彦箱書

18×17㎝ / 130×53㎝

江戸時代を代表する禅僧、良寛はその清貧自在な生き方や精神性が今も多くの人を魅了しています。ときに子らと遊ぶ純真無垢さ、自由で豊かな心の在り様は和歌や書によく表われています。本作は、厳かな樫の木に雪が降り積もっていく様子を詠んだもの。清廉で儚い雪と、力強く根を張る木の対比が情緒的で、良寛の目にどれほど世界が美しく映っていたかわかります。のびやかで親しみのある書も作品の魅力です。後世、魯山人は良寛の人柄を体現するような書を評して「真善美を兼ね備えたもの」と記しています。冬に向けてじっくりと鑑賞したい、心が洗われるような作品です。

読み:このみやのみやのみさかにいててたては みゆきふりけりいつかしかへに

2024.10

円山應挙「菊花雙鶉図」

絹本 着色 小津家鑑定書

33×57㎝ / 125×70㎝

江戸中期に京都で活躍した画家・円山應挙。自然観察を基本とした「写生」の概念を重視した彼の作風は、日本画を新たな境地へと導きました。二羽の鶉を描いた本作は、應挙の卓越した写生の技が光る逸品です。一枚一枚を緻密に描いた羽の様子や、鶉の表情の描き分けは見事。しなやかな枝ぶりとグラデーションで描かれた菊とともに、画面全体に瑞々しい生命力を漂わせます。のどかな画題でありながら、高い気品と風格が感じられる本作は、表面的な写生にとどまらず生命の本質へ向けられた應挙の眼差しそのものといえるでしょう。安永7年、應挙47歳、壮年期の作品です。

2024.09

渡邊崋山「秋塘雙鴨図」

絹本 着色 渡邊崋石箱書
東京美術青年會「渡邉崋山先生綿心図譜」所載
昭和15年「憂國の畫傑渡邊崋山先生百年記念展覧会」出品
昭和16年東京美術倶楽部尾崎楽山堂此君室蔵品入札目録所載

122×41㎝ / 207×58㎝

江戸後期に田原藩家老を務めた渡邊崋山は、優れた蘭学者であり、また絵師としても卓越した才を発揮しました。谷文晁に師事し、後に中国や西洋の絵画を学んだ崋山の作品は、日本画らしい画題のなかに西洋の写実性を取り入れた独自の画風が魅力。本作で描かれた鴨の胸元は羽がわずかに抜け落ち、なんともリアル。線の一つ一つに崋山の鋭い観察眼が宿っています。一方で、画面を引き締める紅葉や緑のグラデーションは季節の移ろいを繊細に、そして情緒的に表現しています。時代の先覚者だった崋山の知と品格、そして探求心が遺憾なく発揮された作品です。

2024.08

小川 芋銭「水天自在」

紙本 水墨 共箱 東美鑑定証書

140×33㎝ / 210×48㎝

小川芋銭は生涯を通じで河童の絵を多く描いたことから「河童の芋銭」の異名を持つ日本画家です。明治から昭和にかけて活躍し、そのほとんどを茨城県の牛久で過ごしました。農業の傍ら筆をとり、東洋古典に対する深い造詣を込めて描かれた農村の風景や、自然の中で遊ぶ河童や妖の姿は素朴で優しい眼差しに満ちています。本作はそんな芋銭の伸びやかで自由な魂と、ユーモアが感じられる作品です。真剣な眼差しで泳ぐ河童はどこへ行くのか? 夏にぴったりの作品です。

2024.07

一休宗純「一休自歌二首古歌一首」

紙本 田山方南極書

63×38㎝ / 146×50㎝

「一休さん」の愛称で今なお愛される室町時代の禅僧、一休宗純。禅僧でありながら色を好み、肉を食らう風狂の禅師といわれ、自由奔放で破壊的な顔を持つ一方、生涯にわたり真の禅の在り方を求めた高僧でもあります。一筋縄ではいかない禅の道を詠んだ本作は、伸びやかで気品高いかな文字が光ります。流麗さと厳しさが複雑に同居するたたずまいは一休墨蹟の真骨頂。聖と俗、相反するものをすべて飲み込んで生きた一休宗純の精神性に触れることができる貴重な作品です。

【読み】名にめてゝ一休會裏にあつまれとひとつもやまぬ我慢情しき参しつる古則話頭もなにならす本のこゝろはもとのまゝにて古歌人のうえかゝみにかけて見しとかの我身に成てなそくもるらん

2024.06

葛飾北斎 画/十返舎一九 賛「隅田川図」

紙本 淡彩 木村東介箱書 松坂屋「浮世絵肉筆名品展」出品

32×53㎝ / 117×55㎝

浮世絵師、葛飾北斎は類稀な表現力と圧倒的な画技を持つ日本美術の巨匠であり、その作品は現代の芸術家にも影響を与えています。十返舎一九は江戸時代最大のベストセラーともいわれる小説『東海道中膝栗毛』の作者であり、両者の画賛による本作はまさに江戸を代表するスター作家の共演といえる贅沢な逸品です。
洒脱な北斎の淡彩画に対し、賛は「天のはらふりさけみれは目のうへにかゝるかすみや遠山の眉」とあり、安倍仲麿が望郷の心を詠んだ和歌に準えているのでしょうか。かすみ目に映る景色は故郷ではなく美人の眉、というのが洒落好きらしい一句です。

2024.05

狩野一信「四季草花小禽図」

絹本 着色

113×45㎝ / 197×57㎝

目の覚めるような極彩色を巧みに操る幕末の鬼才、狩野一信。約10年を費やして完成させた増上寺の「五百羅漢図」は、今なお人々を驚嘆させる超大作です。しかし、そのほか現存する作品はわずかで、画業はいまだ多くの謎に包まれています。
花鳥を鮮やかな色彩と鬼気迫る精緻な筆致で描いた本作は、顕幽斎の落款から30代の作とみられます。西洋画から学んだ陰影も一信の真骨頂であり、立体感ある花や鳥からは今にも濃密な野生の香りが立ち上るようです。

2024.04

渡邊省亭「鍾馗に鯉」

双幅 絹本 着色 共箱

小学館『渡辺省亭画集』所載、小学館『渡辺省亭―欧米を魅了した花鳥画―』所載

135×60㎝ / 223×64㎝

明治から大正にかけて、花鳥画の名手として名を馳せた渡邊省亭。その類まれな美的感覚と精緻な画技はあらゆる美を描き出しました。

本作は、魔除けとして端午の節句に掲げられる鍾馗と、登竜門の故事から立身出世の象徴とされる鯉の双幅です。鍾馗がボールに見立てた鬼の姿や、鯉の頭上に咲く花の鮮やかさなど、省亭らしい軽妙洒脱さが魅力です。「明治癸卯重五省亭義復繪」と款記されていることから、明治36年の端午の節句にあわせて制作されたものだとわかります。省亭53歳、円熟期を象徴する優品です。

2024.03

池大雅「江邨秋晩図」

絹本 着色

小杉放庵・山中蘭径箱書 月峯辰亮・義亮極書

90×34㎝ / 180×48㎝

今年で生誕300年を迎える池大雅は、江戸時代を代表する文人画家の巨匠です。旅をこよなく愛し、全国各地に足を運んでは目にした自然を絵画にしました。
中国風の山水をダイナミックに描いた本作は、賛に中国唐代の詩人、孟浩然の『宴張記室宅』の一節、「島の周り、船上で酒を酌み交わし、眼前に山が現れては、詩を詠む」とあり、文人の雅な宴が思い浮かびます。しかし、実はこの詩の最後は「寧ぞ知らん書剣する者の、歳月獨り蹉跎たるを」と結ばれ、人生のうたかたを詠ったもの。大雅の圧倒的な画力による山水風景の端然とした美と、孟浩然の詩が混然一体となることで、人の世の儚さやもののあはれが際立ちます。まさに詩画一致、類稀なる文人画の逸品です。

2024.02

平福百穂「寒汀宿雁図」

紙本 淡彩 共箱 岩波書店「平福百穂画集」所載

174×94㎝ / 235×115㎝

平福百穂は明治から昭和初期にかけて活躍した秋田出身の日本画家で、写実性の高い自然主義的な作品を多く描きました。動物画の中でも鳥についてはとくに熱心に研究したといわれており、実際に鴨や七面鳥を飼い観察したのだとか。

本作は岩波書店「平福百穂画集」所載の一品。冬の水辺に羽を休める雁の一群が描かれています。没骨法と墨の濃淡によって雁の姿を的確に捉えており、構図の妙が自然主義の画風に独特の装飾性を加えています。その表現は代表作のひとつである「鴨」(東京大正博覧会出品)にも通じるものであり、アララギ派の歌人でもあった百穂の叙情的な絵画世界を堪能できる優品です。

2023

2023.12

池田孤邨 「中雲龍左右鳳凰麒麟図」

三幅対 絹本 着色

97×35㎝ / 184×47㎝

池田孤邨は江戸後期に越後に生まれた画家です。若くして江戸に出て、酒井抱一の弟子として鈴木其一らとともに研鑽を積んだといわれています。
本作は、雲龍図を中央に、左右に鳳凰と麒麟を配した迫力ある三幅対です。沸き立つ雲の柔らかさを墨一色で表現し、躍動感あふれる筆致によって龍の荒々しくも神々しい姿を描き切っています。江戸琳派を継承する孤邨の卓越した技量と絵画に対する探求心を感じさせます。辰年の幕明けに愛でたい逸品です。

2023.12

円山應挙「雪谿雙熊図」

絹本 着色 円山應瑞鑑定書

31×88㎝ / 130×94㎝

江戸絵画の巨匠、円山應挙による本作は、親子と思しき熊が雪山を歩む姿をのどかな風情で描いています。注目は、随所に光る應挙らしい巧みな技法です。

観察を重視した「写生」によって日本画の新たな地平を切り開いた應挙。とくに動物表現はリアルかつ愛らしさがあり、今なお應挙が愛される所以です。当時まだ珍しかった遠近法を取り入れた絵師でもあり、本作も奥行きのある風景描写が特徴です。また、白雪降り積もる松の佇まいは国宝《雪松図屏風》を想起させる堂々としたものであり、本作は應挙卓絶の画技と表現が見事に凝縮された逸品といえるのです。

2023.11

菱田春草「柿ニ小禽」

絹本 着色 横山大観箱書 東美鑑定証書

110×39㎝ / 203×53㎝

菱田春草は横山大観や下村観山らとともに学び、日本近代美術史の発展に尽力したひとりです。優れた才を持ち、将来を嘱望されながらも1911年36歳の若さで生涯を終えます。

本作は落款や印章から、春草の代表作であり近代美術史上の名作と呼ばれる「黒き猫」(1910年)と同時期に描かれた最晩年の作品と考えられます。弱々しく垂れた枝は、病床の春草自身のようです。しかし、枝先に実る鮮やかに熟した柿や、まっすぐに空を見つめる若々しい目白の姿には、将来に希望を持ち続けようとする春草の願いが宿るようです。

見る者の琴線に静かに触れる、春草、渾身の一幅です。

2023.10

長澤蘆雪「関羽図」

絹本 着色 昭和10年東京美術倶楽部舊大名並某家蔵品入札目録所載 昭和14年東京美術倶楽部伊藤平山洞蔵品入札目録所載

114×43㎝ / 212×59㎝

長澤蘆雪が中国三国時代の武将、関羽を描いた本作。髭の美しさから人々に「美髯公」と親しまれた関羽の気高さや気品を表すように、実に繊細に描かれています。勇猛で気迫に満ちた風情の関羽に対し、背後の従者はどこかとぼけた様子で描かれており、蘆雪らしい奇知と妙味が垣間見えるのも本作の魅力です。南紀から京都に戻った34歳以降の作と考えられ、関羽の衣や青龍偃月刀に見られる緩急自在で端正な筆致からは、意気軒高、将来への希望に満ち溢れた円熟期の蘆雪自身の姿が想像できる作品です。

2023.09

木島桜谷「鹿図」

六曲一双屏風 絹本 着色

153×358㎝ / 170×576㎝

木島桜谷は、近代日本画の雄として再評価の機運が高まる絵師です。明治10年に京都の商家に生まれ、16歳で花鳥画の名手である今尾景年に師事した桜谷は、緻密で優美な動物画で一躍名を馳せます。中でも得意としたのが、「鹿図」です。本作は明治40年頃、文展で連年上位入賞を果たした壮年の作で、桜谷が得意とした付立(輪郭線を用いず、色の濃淡で形や質感を表す技法)によって、寛ぐ鹿の群れが描かれています。徹底した写生によるリアリティと、野生動物の本質を捉えた神秘的で清らかな世界観を併せ持つ本作は、これぞ桜谷といえる逸品です。

2023.08

円山應挙「蘆鳧図」

絹本 着色

105×40㎝ / 193×53㎝

江戸中期~後期に京都で活躍した円山應挙は、日本画に写生を取り入れた革新的な絵師として知られています。動植物の形態や質感のみならず、躍動感や生命力までも描き切る應挙の写実画は、実物以上のリアリティに満ちています。本作の見どころは最小限の筆致と色数で描かれた雌雄の鴨。見るほどに引き込まれる繊細な描写は、天才絵師と謳われた應挙ならでは。羽を休める鳥たちの静寂に対して、画面を横切る蘆が空間に動きと時の流れをもたらしており、應挙の緻密さと大胆さが凝縮された秀逸な作品です。

2023.07

小林 古径「馬郎婦」

絹本 着色 共箱 東美鑑定証書

129×42㎝ / 220×56㎝

大正から昭和に活躍した小林古径は、近代日本画を新古典主義という新境地に導いた画家のひとりです。画題の馬郎婦とは中国唐代の伝承で、仏教を広めるため女性の姿を借りて現世に姿を現したとする観音のこと。大正15年頃に描かれた本作の類品が東京国立近代美術館に収蔵されています。本作では古径の芸術性を象徴する清澄な「線の美」が随所に見られ、艶やかな黒髪や衣の表現は圧巻です。格調高い描線、そして慈愛に満ちた馬郎婦の表情からは、女性の優美さと観音の神聖さの双方を余すところなく描かんとした古径の真摯な情熱が伝わってきます。

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2023.01

長澤 蘆雪「鶴亀図」

双幅 絹本 着色

100×36㎝ / 183×47㎝

長澤蘆雪は江戸中期の絵師であり、円山應挙の高弟です。應挙の緻密な作風に対して、大胆で自由奔放な表現が持ち味で、生き生きとした動物画は時代を超えて人々を魅了します。

ご紹介するのは、鶴と亀を描いた縁起の良い双幅。一方には親子と思しき鶴が描かれ、足元に咲く蓮華が雛鳥の巣立ちの季節を感じさせます。もう一方には、勢いよく流れ落ちる滝とそれを静かに見つめるつがいの亀が描かれ、両者の対照的な時の流れが印象的です。蘆雪の卓越した画技が捉える瑞々しい生命力と長寿を願う心が込められた本作は、新たな年明けに相応しい逸品です。

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2022

2022.10

横山 大観「秋色」

絹本 着色 共板 額装 横山大観記念館登録O第14号

51×66㎝ / 77×92㎝

青く澄んだ秋空に冠雪の富士が神々しい姿を見せる本作。薄墨による山の稜線は次第に空に溶け、美しいその頂ははるか天上の世界の趣を感じさせます。落款から昭和23年以降、画壇の最高位に君臨してなお旺盛に制作を行った円熟期の作品とみられます。絶筆の「不二」に至るまで1500を超える富士を描いた大観が生前、「(富士を)描くかぎり、全身全霊をうちこんで描いている」と語った通り、いずれの作にも理想の日本画を求め続けた彼の気高い精神が現れています。大観の眼差しを思わせる静かな威厳に満ちた本作も、紛うことなき逸品といえるでしょう。

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2022.08

伊藤 彦造「幽霊図」

絹本 着色 共箱 河出書房新社「伊藤彦造イラストレーション新装・増補版」所蔵

113×32㎝ / 194×47㎝   

明治三十七年、剣豪・伊藤一刀斎の末裔として大分県に生まれた伊藤彦造は、幼少より父から真剣を用いて剣道の手ほどきを受け、自らも剣の師範となりました。後に挿絵画家となってからは、他の画家とは一線を画する迫真の人物描写で人々を魅了します。本作で描かれているのは女性の生首を手にした幽霊。怨嗟のこもった幽霊の眼差しや生首となった女性の茫然自失の表情は、まるで彦造がその目で見て来たかのように生々しく、鑑賞者を恐怖に誘います。武人として命の駆け引きを知る彦造にしか描けない迫力と気魄が漲っています。

また、現在、噺家・三遊亭円朝の幽霊画コレクションが全幅展示される「幽霊画展」が全生庵にて開催されています。猛暑の中、圧巻の幽霊画で涼をとってみてはいかがでしょうか?

幽霊画展の詳細はこちらからご覧ください → 「全生庵-山岡鉄舟ゆかりの寺-」のHPへ

2022.07

葛飾 北斎「水草鷭図」

紙本 着色

61×28㎝/151×39㎝

画業約70年、生涯新しい絵画の創造に挑戦し続けた浮世絵師・葛飾北斎。72歳で傑作「富嶽三十六景」を完成させた後も、さらなる革新を求めるように肉筆画の世界に没頭していきました。
本作は天保12年、北斎82歳の作です。鷭が獲物を捕らえんとする一瞬の緊張感と静寂。そして、今まさに咲こうとする蓮の生命力と躍動感。相反する静と動が尋常ならざる筆致によって描き出されています。北斎が生涯を通じて見つめ、求め、描き出そうとしてもがき続けた「生命」というべきものが結実した逸品です。

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2022.06

大愚 良寛「青銅…」

紙本 安田靫彦箱書 中央公論美術出版「良寛墨蹟大観第二巻」所載 中村岳陵旧蔵

24×10㎝ / 191×44㎝

生涯、清貧を貫き、飾らない人柄と純真で気高い生き様が人々に愛された僧、良寛。
本作は良寛の書のなかでも希少性の高い、楷書作品です。74年にわたる生涯のなかで数々の書を残しましたが、55歳以降は草書が圧倒的に多くなるため、本作は比較的若い時期の作品だと推察できます。良寛の人柄を表すような素朴で温かみのある線に、偏と旁のバランスが絶妙な緊張感を与えています。さらに、楷書独特の硬質で厳しさを感じさせる書風が混然一体となり、世俗を超越した良寛の高い精神世界に触れるようです。本作は中村岳陵の旧蔵品です。

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2022.05

小林古径「翡翠」

紙本 着色 共箱

38×52㎝/143×67㎝

艶やかな深緑色の宝石、翡翠。
その名前は、「飛ぶ宝石」とも呼ばれるカワセミの美しさに由来しているといわれており、本作でも非常に眼を惹く美麗な彩色で描かれています。
小林古径は大正から昭和にかけて活躍した画家で、日本の伝統絵画とともに西洋画の研究も行い、新古典主義と呼ばれる画風を確立しました。
本作は、近代的な感覚によって構成された画面に、古径が徹底的に追求した琳派の装飾性と意匠性、たらし込みの技法が効果的に生かされており、まさに古径芸術を象徴するような作品です。


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2022.04

円山應挙「春海邊図」

紙本 着色 円山應震鑑定書


104×45㎝ / 185×59㎝

円山派の祖、円山應挙は狩野派を学びましたが、青年期には眼鏡絵を描き、西洋画の遠近法を学びました。さらに、中国の写生画の技法をとりいれ、独自のスタイルを築き、その後の画壇に大きな影響を与えていきます。本作は遠近法を用いた奥行きのある構図が特徴の作品で、落款から天明六年(53歳)以降、應挙充実期の作品であるとわかります。
近景に幹を交差するように立つ2本の松と装飾的に配された桜が描かれており、右から左へと吹きつける海風と、それに動じぬ木々の力強さを感じさせます。対照的に、遠景には穏やかな海景が描かれ、画面の中に静と動が見事に表現されており、まさに「写生画の祖」といわれる應挙の技術が詰まった春にお薦めの逸品です。

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2022.02

夏目漱石「梅花詩」

紙本 中村不折・松岡譲箱書
116×35㎝/208×49㎝
読み:芳菲看漸饒韶景蕩詩情却愧丹青技春風描不成

夏目漱石は代表作『坊ちゃん』などを通じて、当時、真新しかった西欧流の近代個人主義をユーモアたっぷりに描いた作家ですが、一方では漢詩を学び、東洋的な深い教養をもった人物でもあります。
この詩には、春の草花が芳しく香る風景に心を動かされた漱石の、その美しさを思うように表現できないもどかしい心が読まれています。漱石ですら直面した表現の葛藤や苦悩が生々しく詠われた本作は、却って文豪の琴線に触れた情景の素晴らしさを私たちに思い起こさせてくれる逸品です。

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2022.01

白隠慧鶴「布袋吹於福」

紙本 水墨 二玄社「白隠禅画 墨蹟」所載
36×57㎝/126×60㎝

白隠の禅画において布袋は、白隠自身のメタファーと言われ、七福神の中で最も多く描いたとされています。本作は、布袋が壽(いのちながし)の文字が描かれた着物を着た妙齢の女性、お多福を「きばって」吹き出している、白隠らしいユーモラスな作品。酒色にふけ煙草を吹かした姿はまさに道楽者そのもの。長寿と幸福をもたらすお多福が吹き出す様子に白隠は、人々に長寿と幸福を願うことこそが道楽であるというメッセージを込めたのではないでしょうか。禅画を通して禅の教えを人々に伝え続けた白隠の真髄が、存分に発揮された作品です。

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2021

2021.12

長澤 蘆雪「雪中胡人狩猟図」

絹本 着色

112×44㎝ /197×58㎝

優秀な騎兵隊を有したことで知られる中国北方の民族・胡人と思われる弓を担いだ馬上の二人。一人は兎を下げ、橋のたもとには犬を連れた人物もいることから、本作が狩猟図だとわかります。
胡人の狩猟を主題とした作品で雪景というのは大変珍しく、奇想の画家と称される長澤蘆雪の感性の豊かさを窺う事ができます。師である円山應挙から受け継いだ画風のなかに、独自のユーモアを取り入れて描かれた本作は、繊細な筆技と人の意表を突く大胆な構図が蘆雪らしい逸品です。

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2021.11

小原古邨「白鷺 鴛鴦」

双幅 絹本 着色 共箱

112×41㎝/196×53㎝

明治末期から大正、昭和にかけて活躍した絵師、小原古邨。鈴木華邨に師事し、花鳥画を得意としましたが、作品の多くは欧米のコレクターの手に渡り、国内では長らく知る人ぞ知る存在でした。本作は近年、再評価の機運高まる古邨の珍しい肉筆画です。
本作で眼を引くのは松の枝に積もる雪の風情と、高い写実性をもって描かれた白鷺や鴛鴦の姿です。伝統的な日本画の風情を残しつつも、明治という新たな時代を感じさせる写実性を融合させ、美しい画面を創り出しています。

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2021.10

土佐光起「粟穂鶉図」

絹本 着色

93×41㎝ / 183×53㎝

江戸初期の絵師、土佐光起は室町時代末期より久しく画壇の中心から退いていた土佐派再興の立役者として知られています。やまと絵の伝統を受け継ぐ土佐派の画風に狩野派や中国の宋元画の要素を巧みに取り入れ、江戸時代の新たな土佐画風を築き上げました。
本作に描かれている鶉は光起の最も得意とした画題です。繊細で緻密な羽毛の描写には光起の超絶技巧がよく表れており、気品溢れる色彩表現と相まってひときわ格調の高さを感じる作品です。
落款に「土佐左近将監光起筆」とあることから、光起が左近将監に任ぜられた承応3年(1654年)以降の作だとわかります。

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2021.09

富岡鉄斎「山居静適図」

絹本 着色 共箱 富岡鉄斎鑑定委員会証明書
145×51㎝/220×66㎝

「80歳代に至って鉄斎は化けて龍になった」とは鉄斎研究の第一人者・小高根太郎の談で、鉄斎の画は老境に至りますます瑞々しく、筆は冴えていきました。
本作は大正5年、鉄斎81歳の作品です。
聳え立つ山々の緑青と辰砂の対比は実に鮮やかで、立ちのぼる幽玄は観るものを仙境へと誘うようです。
賛にある「静観自得」は北宋時代の儒学者・程顥の詩句に由来し、「江山風月本無常主閑者便是主人」は鉄斎が最も敬愛した文人、蘇東坡によるもの。まさに万物の本性を描き出した名品です。

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2021.08

与謝蕪村「雨中山水図」

絹本 着色
37×30㎝ / 124×38㎝

突然の驟雨
青々とした柳の葉は激しい風になびく
周囲に響くのはたたきつけるような雨音
しかし、明るさを残した画面は、やがて過行く雨と、日差しの下でまばゆく輝く水滴を思わせる。
草木はみずみずしく生気を取り戻し、新鮮な草木の香りが漂ってくるようでさえある。

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2021.07

望月玉成「水蓮金魚図」

絹本 着色 共箱
64×79㎝ / 172×98㎝

望月玉成は明治から昭和にかけて活躍した日本画家です。望月家は京都御所にも出入りを許された絵師の家系で、玉成はその6代目。花鳥画を得意とした父・玉渓と、京都画壇の巨匠として知られる西山翠嶂に絵を学びました。

本作は円山四条派の写実表現に基づきながら、睡蓮をぬって軽やかに泳ぐ金魚やメダカの姿が描かれています。父・玉渓にも通じるやわらかな自然表現は詩的で、望月派ならではの品格を備えています。
淡彩表現による青色が涼やかさを一層引き立てる、夏らしい季節感のある一幅です。

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2021.06

渡邊省亭「月夜の柳に鷺の図」

絹本 淡彩 共箱

108×41cm/206×54cm

明治~大正期に活躍した渡邊省亭は、フランスをはじめ、欧米での人気が高い絵師。今年は国内でも大規模な回顧展が開かれるなど、ますます再評価の機運が高まっています。

墨の濃淡を巧みに活かした本作は、明治30年代後半、55歳ごろの作。
明治37年アメリカで開催されたセントルイス万国博覧会にて、「枯蓮宿鴨」が金賞を受賞したのと同時期の作品です。雲が薄くかかった満月を背景に、柳の葉がやさしく揺れている幻想的な世界が描かれています。巧みな省筆で描かれた鷺は、花鳥の名手として名を馳せた省亭らしく、その眼は生き生きと愛らしく描写されています。

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2021.04

渡邊省亭「藤花 枯柳」

双幅 絹本 着色 川船水棹箱書 一文字風帯印譜裂
113×40㎝ / 204×54㎝

落款、印章から明治30年代頃の作と推測される本作。得意の花鳥画はますます洗礼され、洒脱な趣を増していき、省亭の花鳥画を愛する信奉者からの制作依頼が多かったと言われる「円熟期」の頃の作品です。背景に薄っすらと赤いグラデーションが施され、大胆な構図と鮮やかな色彩で描かれている藤の花と、あわい色彩で簡略的に描かれた枯柳の、また省亭の観察眼を存分に感じることのできる写実的な五位鷺の描写が見所です。また一文字、風帯には自身の印章を使用した印譜裂が使われており省亭のこだわりの詰まった優品です。本作は4月25日から開催される「省亭・暁斎・是真―パリ・フィラデルフィア万博、海を越えた明治の日本美術―」に出展されます。

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2021.01

小松均「赤富士図」

紙本 着色 共シール 額装
42×53cm / 67×78cm

世に媚びない画業を貫くために、京都の大原で自給自足の清貧に生きた画仙人・小松均。生まれ育った山形県の最上川の風景を多く残していることで知られていますが、その他にも多くの自然の風景を描き、とりわけ富士の姿はよく描きました。線を画面に深く掘り込むように描く独特の描法が特徴的で、作品は小松独自のエネルギッシュで一種土俗的な美を醸します。力強い線描に象られた鮮やかな色彩の本作の富士。新年の始まりに、観る者を勇気づけるような力強い一品です。

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2020

2020.12

円山應挙「山水図」

六曲一双屏風 紙本 着色
155×354㎝/171×370㎝

日本絵画史に写実表現をもたらした絵師・円山應挙。本作は、中国の伝統的な描写を基盤とした山景に、浮絵(眼鏡絵)の制作を通して習得した遠近法を用いた水景とを組み合わせて構成されています。古典的山水図から近代的風景画への展開を暗示するようです。観る者を画中に引き込む応挙の空間表現の真骨頂であると言えます。「大古画展―江戸時代を彩った巨匠たち―」に出品予定ですので、お見逃しなく!

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2020.11

大愚良寛「百花春」

紙本 安田靫彦箱書
24×43cm/123×57cm

一見サラサラと何の気なしに書いたように見える良寛の書ですが、その実一筆一筆が非常に丁寧な運筆です。筆を真上に釣り上げるようにして書いたと言われている良寛。この優しく流麗でありながらも、胆力が潜む書風こそが「良寛流」の醍醐味です。「百花春」とは美しく咲き乱れる春の花のことを指します。厳しい冬を耐え抜き、一斉に咲き誇る花々を賛える気持ちが表されているようです。箱書きは安田靫彦です。本作は十一月十四日から開催される「大筆跡展ー筆跡に観る日本のこころー」にも出品されます。ぜひ実物をご覧においでください。

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2020.10

岡本秋暉「秋草鶉図」

絹本 着色
京都美術倶楽部安藝宮武家所蔵品入札目録所載
大阪美術倶楽部宇和島清家氏當市某氏所蔵品入札目録所載

長崎派を思わせるような写実的で細密な描き込みと、色彩豊かな装飾性を兼ね備えた作風は秋暉画の特徴であり、本作においてもその特徴がよく見てとれます。特に鶉の羽毛描写は素晴らしく、対して、背景の題材はごく簡略に表すことで、その緻密さを引き立てています。秋暉円熟期の優品です。

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2020.09

伊藤小坡「初秋」

絹本 着色 共箱

45×51cm/146×67cm

伊藤小坡は明治10年、伊勢・猿田彦神社の宮司の長女として生まれました。京都で谷口香嶠に師事し、上村松園に次ぐ女流画家として一躍脚光を浴びました。大正6年には貞明皇后の御前で揮毫を行ない、大正11年の日仏交換美術展に出品された「琵琶記」はフランス政府買い上げとなるなど、名実ともに京都を代表する画家の一人です。何気ない生活の一場面を描いた、暖かさのあふれる作品には定評があります。萩を背に、さわやかな着物の女性が微笑んでいる本作。品格がありつつも、温もりに満ちた小坡作品の柔らかな女性美が魅力的な作品です。伊藤小坡の詳細はこちらから→ 作家詳細へ

2020.08

河口慧海「衆花望々七言二幅」

双幅 絹本 共箱

146cm×33cm/187cm×44cm

河口慧海は明治時代の黄檗宗の僧侶で、仏教学者でもあります。仏典を求めて、当時鎖国中だったチベットに入国し、仏典のみならず貴重な資料も持ち帰った人物であるため、その功績から探検家ともされる人物です。筆致は大らかで、太い字には慧海の芯の強さが現れているようです。本作の漢詩のうち、右幅は唐の詩人・許渾の作で、左幅は自作のものとされています。慧海の著作である「チベット旅行記」では、ヒマラヤの大自然に圧倒された様子が記されており、本作の漢詩のように、鶴が舞う光景や、吹き荒れる雪嵐にも遭遇しています。許渾の詩を借り自然の美しさを謳い、さらにそこに自作の詩を付け加えることでその厳しさを表現し、単身で立ち向かったヒマラヤの大自然に畏敬の念を込めて詠んでいます。河口慧海の詳細はこちらから→ 作家詳細へ

2020.06

大橋翠石「仔猫之図」

絹本 着色 共箱

43×52㎝/147×66㎝

この可愛らしい仔猫たちは、虎の名手・大橋翠石により描かれました。翠石は、生まれ故郷の美濃(現・岐阜県大垣市)にいた頃から猫を描くことをひときわ愛しました。本作が描かれた晩年の頃は、特に猫に吉祥的な意味を加えて描くことを常としました。猫の中国語の発音「mao」が、八、九十歳を意味する「耄(ぼう)」と音通することから、長寿を象徴していると考えられています。そして、猫とともに描かれている薔薇は、東洋種が毎月花を咲かせることから「月季花」とも、「長春花」とも呼ばれ、常に盛りの時期であることを意味します。仔猫の愛らしさと植物の美しさを十分に描いた上に、吉祥的な意味をも含む、非常に魅力的な作品です。

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2020.05

山本梅逸「浮島新霽図」

絹本 淡彩 田近竹邨箱書
39×65cm / 140×79cm

本作は天保六(一八三五)年、梅逸四十二歳の時の作品です。本作は、写生を基にしたと思しき構図と、優美に描かれた富士が象徴的な作品です。かつて現在の富士市周辺には大小の沼が点在しており、これらを総称して浮島沼と呼びました。浮島沼側からの眺望であるとすると、手前に見えているのは愛鷹山でしょうか。新霽とは雨上がりのすっきりと晴れた空を指し、晴れ間に神々しく姿を現した富士を描いた優品です。本作は五月六日まで開催中の美術品展示販売会「美祭 撰」に出品中です。

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2020.04

下村観山「春」

絹本 着色 共箱 昭和6年「故下村観山遺作展」出品
139×51cm / 223×66cm

本作は大正八年、観山47歳の時の作品です。観山は、人物を描く時に、仏教に関するものなど宗教的な題材を多く取り上げる傾向があり、本作のような美人画は大変珍しいものです。子猫をじゃらすほのぼのとした光景は、穏やかな春の日の平安を感じさせます。繊細な線描は猫や女性の柔らかな感触を、落ち着いた色調は二者の心安らぐ瞬間を表現しています。ありふれた光景を穏やかな春の日の象徴として捉え、それを表す線描と色彩に、線色調和という観山の技法の到達点が窺える作品です。

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2020.02

曾我 蕭白画/二日坊 宗雨賛「紙雛之図」

紙本 水墨 國華一四三〇号所載
94×28cm / 176×34cm

これほどまでに奔放な雛図を描いた画家がいるでしょうか。それは今も昔も、この奇想の画家・曾我蕭白を除いては他にいないでしょう。後ろの男雛は踊っているのか、はたまた倒れているのか。両手を広げる女雛に至っては、着物すら纏いません。添えられた賛には「酔っ払って雛がいくつにも見えるぞ」の意。蕭白の画風によく知られる観る者を圧倒する程の緻密な描き込みや、計算し尽くされた構図設計などとは対極にある本作ですが、酔いに任せて興の赴くままに筆を走らせた蕭白の自由闊達な姿勢が楽しい作品です。津の俳人・二日坊宗雨との交流の様子も窺い知れる興味深い一作です。

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2020.01

慈雲 飲光 「阿 置字」

紙本
88×28㎝/175×41㎝

慈雲飲光は、江戸後期の真言宗の僧侶です。戒律を重視し「真言律」を提唱しました。能書家として知られる一方で、雲伝神道の開祖でもあります。千巻にも及ぶ梵語研究の大著「梵学津梁」を著しました。本作の「阿」という字は、宇宙の根源を表すとされるサンスクリットの最初の文字です。密教では、一切言語の根源であり、衆声の母、衆字の根源(※)であるとされています(※「衆声」「衆字」は、この世の全ての発声、全ての文字の意)。全ての始まりの文字と言うことで、2020年という節目の年の始めに、ぜひ飾っていただきたい一幅です。

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2019

2019.12

渡邊 省亭 「中蓬莱左右飛鶴之図」

三幅対 絹本 着色
共箱 中廻印譜切 
108×35cm / 176×48cm

旭日を望む蓬莱山に、長寿の象徴でもある鶴が美しく飛んでいる姿が描かれた吉祥画です。蓬莱山とは、古代の中国における想像上の神山です。山東地方の東海中にあるとされ、仙人が住み、不老不死の薬を作ったと言われています。本作の表具には、印譜裂が使用されており、細部までこだわった省亭の意匠が見て取れます。制作年代は明治40年代頃で、50代後半の作です。画家の円熟期の作品であり、画題も大変縁起が良く、新年を迎える時にはもちろん、慶事にも掛けたい一幅です。

2019.10

司馬江漢・鏑木梅渓「草花群鳥虫図」

双幅 絹本 着色
96×33㎝ / 175×41㎝

司馬江漢と鏑木梅渓はともに長崎派を習得した画人であり、一時期浜松町界隈に居を構えていました。同じ画人同士、また画風を同じくする者として両者の間には交流があったことは想像に難くありません。本作には水汀に息づく生命が二人の筆で生き生きと描かれています。息をのむような緻密な筆致と鮮烈な彩色は長崎派の特徴ですが、何よりも驚かされるのは、江漢・梅渓の観察眼の鋭さです。軽やかに舞う蝶、息をひそめる蟷螂。その足の一本一本から触覚、翅の細部に至るまで、実物と寸分違わずに写し出されています。大陸からもたらされた最新の画風に衝撃を受け、それを己が物にせんとする熱い意志と、江漢・梅渓の競争心とが、執拗なまでの写実描写には込められています。

2019.09

浦上玉堂「二行書 隔葉…」

紙本 谷川徹三箱書
本紙112×23 全体186×35cm

歌意:蔦のような植物が絡みつき、所どころ紅葉している。嬉しいことにその蔦が、細かい棘の侵入を防いでくれている。

田能村竹田著『竹田荘師友画録』にこうある。「玉堂老人の字は古怪絶俗なり」と。浦上玉堂のその特異な書風は一見するだけで玉堂とわかるほどであると言われる。また、書が人を表すならば、その書風は玉堂の強烈な反俗精神を表しているかのようでもある。やや草書体まじりの行書体で揮毫された本作は、文字の一つ一つが個性を放ち、全体として独特のリズム感を湛えている。玉堂は「無一詩中不説琴」と詠った。琴の弦が大気を震わせやがて静寂が戻るその様を書いたようにも見え、その余韻の中に七弦琴の前に坐す玉堂の姿が見え隠れする。
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2019.08

両国花火図

六曲半双屏風 紙本 着色
本紙96×301 全体110×316cm

江戸中期(8代将軍吉宗の時代)に始まったとされる「両国の川開き」として開催された花火大会が描かれた作品です。この花火大会は最も古い花火大会として知られ、のちの隅田川花火大会となっていきます。
当時、両国には多くの花火師がおり、江戸っ子たちは夏の風物詩として花火を楽しみました。
現在と異なり、当時の花火は筒状花火で、花火師が船上で筒を持ち、そこから上げていました。この筒状花火などから、江戸中期〜後期の様子が描かれたものと推定することができます。
腕を競い合う花火師と、それを楽しむ江戸っ子たちの姿が詳細に描かれた本作品は、まさに「江戸の夏」を感じることのできる稀有な逸品です。

2019.07

高橋泥舟「知命…

絹本 梅園良正箱書
140×58㎝/198×74㎝

(大意)
五十歳になり髪も白くなった。
これまで良い時も悪い時も大空を眺めていた。
悠然とした静かな生活の中で
一人、梅花を愛でて老荘を読む。

幕末三舟として、勝海舟、山岡鉄舟と並び称される幕臣で槍術家として有名です。。過去多くの武芸の手練れたちがそうであったように、泥舟もまた武芸に秀でた能筆家として知られています。中でも本作のような楷書は珍しく、泥舟の真っ直ぐな気概の伝わる清々しい筆跡です。高橋泥舟の詳細はこちらから→ 作家詳細へ

2019.06

有元利夫「作品」

乾漆手彩色 20/20
H34cm×W24cm×D10cm

中世の宗教画がもつ神聖さと、仏画にみられる豊かな精神性を同時に湛えた神秘的な画風で知られる有元利夫。活動期間は10年ほど。独自の作風を確立し、38歳で短い生涯を閉じました。本作は古来より仏像の製作に用いられた乾漆と呼ばれる技法で作られたもの。有元容子夫人は有元の立体作品について「絵画作品より、つくりたい形が素直にストレートにあらわれている」と評しました。自ら手を動かし様々なものを自作することを好んだ有元。木彫は制作の合間の息抜きに楽しんで彫っていたといいます。独自の造形からは、仏像の温かみと、中世の聖人像の気高さを併せ持ちながらも、どこかユーモラスな親しみやすさがにじみ出ています。有元利夫の詳細はこちらから→ 作家詳細へ

2019.04

池大雅画・中井履軒賛「武陵桃源図」

紙本 着色 山中蘭渓箱書 
昭和10年12月15日大阪美術倶楽部某家所蔵品入札目録所載 
昭和11年11月28日金澤美術倶楽部江州今井家並某家所蔵品入札目録所載
132×55cm / 207×72cm

日本文人画の祖・池大雅の画に、儒学者・中井履軒による「桃花源記」についての賛が寄せられています。本作は、大雅自身の登山をよくした経験を踏まえて、独自の遠近感と俯瞰的な構図で描かれています。山々は渇筆を重ねた輪郭線で立体感を表し、藍と代赭を施すことで山肌の陰影を付しています。また、満開の桜花は朱の点描により生動感に富み、画面から香るようです。その中を省筆で描かれた川はゆったりと流れ、観る者を桃源郷へと誘います。大雅は詩人・陶淵明による「桃花源記」の場面により、心の中に存在している文人画の本質を表現しているのではないでしょうか。

2019.03

尾形乾山「桜図」

扇面台貼付 紙本 着色 
「乾山遺芳」石川県美術館開館十周年記念
「琳派の芸術ー光悦・宗達・光琳・乾山ー名作展」出品
122×66cm

陶工として名高い乾山ですが、絵画においても優れた手腕を発揮しました。強く慕う兄の絵手本を元に、乾山は晩年にかけて自らの画才を開花させていきます。優しい筆致で描かれた墨の濃淡と、花の仄かな桃色が奥ゆかしい本作。桜とは思えないほどに幹が曲がり、大きさも非現実的であるのに、不思議と違和感を感じさせません。軽妙洒脱な光琳とは別の、世俗と一線を画すようなしみじみとした情趣。この素朴な美こそが乾山の到達した画境と言えます。尾形乾山の作家詳細はこちらから→作家詳細へ

2019.02

松尾芭蕉「梅まれに・・・」

紙本 大倉汲水箱書
28×36cm/129×64cm

俳諧を精神と向き合う文学に昇華させた俳聖・松尾芭蕉は、人生を旅とし、旅を俳諧にしました。本作は、芭蕉45歳の歳「笈の小文」の旅路で伊勢神宮を参拝した際の発句です。広い神域の中に梅の木を探し人に尋ねたところ、神に仕える童女の詰所にただ一本だけあると教えられました。その一本の梅の花が、真にゆかしく感じられたという感慨が詠まれています。筆致も美しく、千家十職の利斎による箱に納められており、それぞれの時代で大切に伝来されてきたことが分かる貴重な作品と言えます。松尾芭蕉の詳細はこちらから→ 作家詳細へ

2019.01

伊藤若冲「恵比須図」

紙本 水墨
104×41cm/197×55cm

大胆な遊び心が魅力の本作は、鯛と釣り竿のみを描くことで暗示的に恵比須さまの存在を表現する「留守模様」が用いられています。鱗の筋目描きの質感も見事で、翻した尾びれには躍動感があり、立派な鯛が跳ね踊り、めでたさが溢れる新年にふさわしい吉祥画と言えます。左側中央下部の「千画絶筆」の印は安永年間(1772〜1780)頃に使用され、特に気に入った作品に用いたとされる印です。伊藤若冲の詳細はこちらから→ 作家詳細へ

2018

2018.12

小茂田青樹「粉雪」

絹本 着色 共箱 東美鑑定書
127cm×41cm/221cm×56cm

本作は、作者の小茂田青樹が、高度な写実性に琳派の装飾性を加え、新たな日本画の境地にたどり着いた頃の優品です。「寒さの感じだとか、霜の朝の感じだとか、しかしそんな物は描こうといって描けるものではない、描けるものは形だ。形を描いて居るうちにただよひ出すものが気分になり、空気なりになってくる」と青樹は語ります。この「気分」や「空気」とは作品に宿る神気と考えても良いでしょう。緻密な線描が重なることで、次第に神気をまとった本作を是非ご覧ください。小茂田青樹の詳細はこちらから→ 作家詳細へ

2018.11

鈴木松年「御伽噺図

十二幅対 紙本 着色
119cm×31cm/191cm×43cm

豪快で迫力ある画風と激しい気性から曾我蕭白になぞらえて「今蕭白」の名を恣にした鈴木松年。本作は桃太郎や竹取物語などのお伽噺の印象的な一場面を、それぞれ大胆に描いています。そして、その勢いのある力強い筆運びは、観るものを物語の世界に引き込んでゆきます。個性溢れる人物や動物は表情豊かで、奇想に富んだ遊び心とユーモアが感じられる、数々の逸話を残した松年らしい放胆な作品と言えます。鈴木松年の詳細はこちらから→ 作家詳細へ

2018.10

与謝蕪村「案山子画賛」

紙本 水墨 松村呉春極書
本紙 98×27㎝  全体 182×30㎝

賛文を読むと、本作は小野小町の逸話の一つである「雨乞小町」に着想を得ていることがわかります。勢いのある筆致で描かれた案山子は、まるで嵐の前触れのようです。先月ご紹介した「高士閑適図」が細部まで書き込まれた作品であるのに対して、本作は好対照とも言えるシンプルな画面構図をとっています。それゆえにいっそう臨場感を持ち、見るものの想像力を刺激します。これこそ蕪村の成した俳画の醍醐味であり、本作はその魅力がいかんなく発揮された作品といえます。与謝蕪村の詳細はこちらから→ 作家詳細へ

2018.09

与謝蕪村「高士閑適図」

絹本 淡彩 田能村直入極札 
「南画十大家集」・「蕪村全集第六巻」所載
本紙 110×32㎝  全体 190×50㎝

本作は蕪村が55〜62歳頃の絵画完成期に描かれています。「俗を離れて俗を用ゆ」心持ちで表現した静かな世界は、どこか純朴で、温もりを宿し、観る者の心に沁み入って来るようです。遠山の淡い藍色と樹木の代赭色は季節の移ろいを表します。秋の空気に包まれて談笑する高士たちの一人は、空を眺め、少し離れて待つ侍童は何を話しているのでしょうか。和やかに描かれた人物が微笑ましい、独自の柔らかさと味わい深い持ち味が示された孤高の文人蕪村の象徴的な山水図です。与謝蕪村の詳細はこちらから作家詳細へ

2018.08

鈴木松年「暗流蛍火図」

絹本 着色 共箱
本紙 115×52㎝  全体 204×65㎝

曾我蕭白や岸駒に私淑し、奇想の画家として当時の京都画壇に君臨した画家・鈴木松年。豪快な画風と性格から「曾我蕭白の再来」と評され、当時をして「今蕭白」と言わしめました。多くの作品においては、激しく力強い気性を宿す絵筆が、珍しく夜闇の静謐を描いたのが本作です。焼け付くような昼日の暑さがあるからこそ、夜の水辺の蛍の風景の涼やかさが際立つものです。川面を渡る清廉な夜風と、飛び交う蛍の幽玄な光は、日本の美しい夏の姿。今年のような暑い夏には、このような情景が特に恋しいもの。本年は、鈴木松年の生誕170年・没後100年にあたる年です。松年節目の本年に、ぜひ本作を手に入れて、涼しい夏を独り占めしてみてはいかがでしょうか。鈴木松年の詳細はこちらから→ 作家詳細へ

2018.06

林十江「虎独風直図」

紙本 淡彩 松下英麿箱書 
板橋区立美術館「林十江」(昭和63年)所蔵
本紙 130×66㎝  全体 222×85㎝

吹き付ける風に向かい屹立して咆哮する猛虎。筆者は水戸の南画家である林十江。若冲、蕭白、蘆雪といった奇想の画家の系譜に連なる幻の絵師です。十江は立原翠軒に絵の手ほどきを受けましたが、決まった師に就いて伝統的な絵画様式を学ぶのではなく、ただひたすらに独学で業を磨き、独自の表現を追い求めました。その結果が十江にしか描けない動物画です。彼の作品が持つ独特の生気は、天賦の画才を持ちながらも不遇の中37歳で夭折した画家の、強烈な自意識の叫びと言えます。その迫力は、見る者の目を捉えて離しません。林十の詳細はこちらから→ 作家詳細へ

2018.05

白隠慧鶴「鐘馗図」

紙本 水墨
本紙 129×55㎝ 全体 228×70㎝

こちらを睨みつけるような鋭い眼光と、一気に描ききった勢いのある漆黒の衣紋線。白隠が本作に込めた魂魄の在り様を観る者に訴えかけます。賛に書かれているのは、謡曲「鐘馗」の一説より、鐘馗が菩提心をを起こし、国を守ろうと誓願を立てた場面です。本作が持つ迫力は、邪気を払う威光に加えて、自分の幸せより他人の幸せを願った白隠の想いとその決意が顕れたものです。白隠の化身である鐘馗の視線は私たちの魂を射抜き、その教えを魂に直接刻み込むようです。

白隠慧鶴の詳細はこちらから→ 作家詳細へ

2018.03

三熊花顛「桜花蛙図」

絹本 着色
本紙 102×41cm 全体 191×43cm

桜画の名手として名を馳せた三熊花顛は、桜だけを主題に描き続け、後に三熊派と呼ばれる画派を確立しました。三熊派には、三熊露香、広瀬花隠、織田瑟々が名を連ねます。号の花顛は、花狂い、桜狂を意味し、貧しさを苦にもせず、画を描くにあたっては平然と仕事をこなしたといいます。生涯、生花を研究し続けた花顛の筆により紡ぎだされた桜は、その身の裡にやがて散りゆく儚さを内包し、より一層美しく咲き誇ります。うっとりと桜を眺める蛙は花顛自身なのでしょうか。花顛は遺言で、荼毘に付したあと川へ散骨し、桜の木を植えてくれと遺しました。本作は、それほどまで桜に執心した花顛の想いと、研鑽を重ねた技術が結実した一幅です。